忌まわしき黒髪


「は、はい。彼女はサナ、と言います。森で出会ったのは偶然でしたが、彼女を旅の仲間として迎えなければならないと……そんな焦りにも似た何かを感じたんです。なので、心に従って仲間にしました」


 ナオはつっかえながらも、自分の言葉で簡単に説明をします。わかりやすく、これ以上ないほどの説明ですね。要するに、勇者の勘だと言っているのですから。


「ふむ、称号【勇者】の導きだな。ならば、必ずや意味があるのであろう。我が娘、フランチェスカや獣人エミルが選ばれたのと同じように」


 そこで国王は一度目を細めました。そして、再び口を開きます。


「ナオは剣術、フランチェスカは治癒魔法と弓を、エミルは言うまでもなく身体能力が優れていると聞く。ではサナ、其方は何が強みか?」


 おや、予定にはなかった質問ですね。おそらく、国の上層部にやんやとうるさく言われたのでしょう。ルイーズは戸惑ったようにフランチェスカの方を見ました。力強い眼差しで頷かれてしまったので、ここはルイーズが答えるしかないでしょう。仕方ありません、ルイーズ。私の言葉をそのまま復唱してください。


「……私は、危険察知のスキルを持っています。文字通り、危険があればすぐに知らせることが出来、無駄な危険を避けることができるかと」

「ほお、それは有用なスキルだな。して、身を守る術はあるのか? 悪いが其方は身体の線も細く、まだ幼く見える。心配なのだ」


 国王は心配だ、と言いましたがその実お前は使えるのか、と問うているのでしょう。いえ、彼なら心配もしているでしょうけれど、きっと他の者たちの言葉ですね。かと言って、正直に答えるわけにもいきません。そして嘘を伝えるわけにも。となれば言えるのはこれだけですね。


「……ご心配には及びません。身を守る術はございます。ですが、それをここで申し上げてはその強みが活かせなくなる恐れがあるのです。ご勘弁を」


 嘘はついていませんね。敵によっては奇をてらう事が出来なくなるわけですし。言っても問題がないだけで。


「ふむ、信じて良いのだな?」

「国王陛下、そこはわたくしからも言わせていただきますわ。彼女の言葉は信用に値しますわ」


 援護射撃、ありがたいですね、フランチェスカ。ルイーズもフランチェスカに目で感謝の気持ちを伝えています。


「よし、ならば信じよう。他の者も、それで良いな? 自分の手の内を知らせたくない者は、皆の中にもいるであろう?」


 そう、本来スキルは秘匿しておくのが一般的です。だというのに、サナのスキルを最初に明かす事で、信頼を得ることができました。ダブルスキル持ちは稀ですし、誰もこんな小さな少女がそうだとは思わないでしょう。何かしら、魔法が使えるのだな、と思ってもらえていれば上々ですね。


『助かった、ジネヴラ』


 構いませんよ、ルイーズ。お礼だなんて、律儀ですね。

 こうして、問題なく謁見の間を出た私たちは、城門へと向かうべく歩を進めていました。このまま、何事もなく外へと出られたら良かったのですが……そうはいかなかったようです。

 廊下の先に、身分の高そうな恰幅の良い男が立っています。こちらへ向かってくるでもなく、ただ私たちを嫌な目つきでジロジロ眺めなら立っているのです。ああ、これは何かあるのでしょうね。ルイーズ、気を引き締めてください。


「これはこれは勇者御一行様。これから出発で?」

「……これはバストゥール伯爵。ええ。ちょうど今、謁見を終えたところですので」


 伯爵ですか……無視して通り過ぎることも出来ませんね。フランチェスカもそれを理解しているからこそ、無視せず受け答えをしています。不躾な視線を隠そうともせず彼女の胸元に投げかけているのに、です。


「本当に大丈夫ですかな? 些か頼りない面子に見えますが」

「あら、人を見かけで判断するのは愚か者のする事だと教わってきませんでしたの?」


 嫌味たらしい言葉に不快指数が上がりますが、フランチェスカのおかげでそれも抑えられますね。彼女は本当に頼りになる王女です。けれど、伯爵の次の言葉に、サナ・・の記憶が揺さぶられることとなってしまいました。


「例外があるでしょう? ほら、そこの娘は──忌まわしき黒髪ではないですか。いくら勇者のお導きといえど、些か常識外れが過ぎると思いますがね?」


 ──忌まわしき、黒髪。


 この言葉は、心の闇を大きくします。例え、身体の使用者が別の者であったとしても、なぜか本体に届いてしまうのです。それほどまでの、トラウマ。


「……バストゥール伯爵。貴方の方が言葉が過ぎましてよ? 今や黒髪の者など珍しくないでしょう。そんな古く錆び付いた常識に捕われているなど、バストゥールの名も落ちたものですね」

「なっ……王女はわかってらっしゃらない! 確かに私は古い人間。それは認めましょう。ですが、この言い伝えだけは真実ですぞ! 例え瞳の色が紫でなくとも、黒髪は魔王の眷属。仲間に加えるのはとても危険なのです。寝首を掻かれても知りませんぞ!?」


 黒髪は魔王の眷属。昔はそれが常識であり、黒髪というだけで迫害されていたそうです。かくいうサナも、ありふれた茶髪の両親から生まれたはずなのに、黒髪であったがために散々な目に遭いましたからね。


「……ご忠告、感謝いたしますわ。用件はそれだけですの? わたくしたち、もう行きませんと。これで失礼しますわ」


 フランチェスカはそれだけを言い捨て、凍てつくような眼差しを伯爵に一瞬向けて颯爽とその場を立ち去りました。私たちもその後に続いて早足に伯爵の前を通り過ぎます。


「……私は騙されんぞ。悪魔の子め……!」


 すれ違いざまに、そんな捨て台詞を残されてしまいました。おかげで心の中はブリザードが吹き荒ぶ有様。そして、本来なら瞳で見た表の景色を映し出すはずの談話室のスクリーンに、あの時の記憶が流れ始めたのです──




 日も暮れてしばらく経った夜更け、ボロボロの衣服に泥だらけの姿でサナは森に一人佇んでいました。


『家に、帰らなきゃ……魔物に、殺されちゃう……!』


 でも、両親に森に捨て置かれたのですから、家に帰ったところでまた捨てられる運命にある事はわかっていました。けれど、幼いサナには他にどうする事も出来なかったのです。家に帰り着くことだけが、生きる道でしたから。


『……うっ、うぅっ……。な、泣いちゃ、ダメ……』


 泣けば、うるさいと殴られるから。今は周りに誰もいないのだから、泣いたって構わないのに。いえ、大声で泣けば魔物に気付かれてしまいますから、そうもいかないのでしょうけれど……


 その時の私は、無力感に打ちひしがれたものです。全知の能力では今のサナを救う事など出来ないのですから。家事全般が得意なアリーチェだって、この状況をどうにもできません。何より、この状況で絶望してしまったら、エーデルが出てきてしまいます。それは何としても避けたかったのです。


『強く、なりたい……私が、もっと強ければ……』


 けれど、サナは絶望ではなく、切望したのでした。


 強い、自分を。

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