幼児への対応


「うっ、ぐすっ……うぅっ……」


 ようやくミオが落ち着いた頃には、足元に勇者、王女、獣人が転がっているという地獄絵図が出来上がっていました。サナを気遣って、周囲に人のいない場所を選んだナオには少し感謝するべきですね。被害が最小限に抑えられましたから。


「……っく、にゃ、にゃんにゃのにゃぁ……」

「今、何が起きましたの……ハッ、敵ですの!?」

「いや、待て! 少しの間、絶対に口を挟まずに待っててくれ!」


 ほら、説明しただろ? とナオは二人の仲間にそう告げています。どうやら、ミオとの対話を試みるようですね。二人は顔を見合わせ、それから真剣な表情で揃って頷きました。それを確認したナオはそっとミオに近付きます。


「な、なぁ。君、名前は? 俺はナオ。何もしないよ」


 ナオにしては静かに、とても丁寧に声をかけていますね。それができるのなら、サナに対しても同じようにしてほしいものです。


「……ミオ」

「ミオ、か。ミオは、いくつ?」

「三さい……」


 このやり取りを少し離れた場所で聞いていたフランチェスカとエミルは、何か言いたそうに目を見開きました。ですが、先ほどナオに言われたことを思い出して、どうにか口を噤んでいます。それが正解ですね。ミオは、とてもデリケートな子ですから。ちょっとでも大声を出してしまえば、すぐにまた泣き出してスキルを発動しかねません。もしくは、部屋に戻るかのどちらかになりますね。こちらはそこまで害はありませんが。


「抱っこ」

「へっ?」

「抱っこ……」


 おや、ミオはナオを気に入ったようですね。さすが、見た目だけは良い男です。金髪で顔も整っていて、一見優しそうですし。中身はアレですけど。

 泣き疲れたミオは、いつもその後眠ってしまいます。部屋に戻る時もあれば、身体を使用したまま眠ることも。今回は後者ということなのでしょう。


「い、いや、抱っこって言われても……」


 ですが、身体はサナの物。細く、小柄ではありますが、幼児とは違います。そんな彼女を抱っこするのは少々……いえ、かなり戸惑うのは当たり前でしょうね。


「……ふぇぇ」

「わっ、待っ、わかった! 抱っこするから! な、泣かないでー!」


 とはいえ、中身はまだ甘えたい盛りの幼児。自分の要求が通らないというだけで、すぐに泣き出してしまいます。えぇ、ミオが泣けばやはりスキル発動ですから、抱っこするしかありませんね。


「ほ、ほら、おいで」

「ん!」


 そうして、恐る恐る手を差し出すナオに、手を伸ばして抱っこを強請るミオ。ナオは軽々とミオを持ち上げ、いわゆるお姫様抱っこをしました。


「軽っ……」

「ぎゅうー……」


 ミオは、ナオの首筋にしがみつき、幸せそうに眠り始めました。まったく、無邪気ですね。とても可愛らしいですが、フランチェスカとエミルの視線が二人に突き刺さっています。


「演技、じゃない、ですわよね……?」

「にゃあ。アレが演技にゃら、エミル、もう人を信じにゃいにゃ」


 二人のヒソヒソ話す声が聞こえます。まぁ、誰もが演技を疑いますよね。よくあることです。その冷めたような疑いの眼差しも慣れっこですよ。ですが、この二人は事前にナオから話を聞いていたからか、比較的受け入れ体制の様子。


「い、いやぁ、困ったなぁ……は、ははは?」

「……鼻の下が伸びていてよ、ナオ」

「くふふっ、チェスカもヤキモチ妬いてるのにゃ」


 にやけながら言ったら説得力はないですよね。そんなだらしない顔のナオに、少しずつ二人が近付いてきました。ミオはうつらうつらとその様子を眺めています。


「妬いてなんかいませんわ! み、ミオちゃん? わたくしも、抱っこいたしますわよ……?」


 おや、ミオに歩み寄ろうとしてくれていますね。高ポイントですよ?


「おっぱい怪獣、いや」

「おっぱ……!?」


 あぁ、これは申し訳ありませんね……確かにフランチェスカの抱っこでは、胸による圧迫が苦しいかもしれません。それにしても言い方が直球過ぎます。フランチェスカも口をパクパクさせて絶句しているじゃないですか。


「にゃははは! おっぱい怪獣! おっぱい怪獣だって! にゃははははは!」


 一方、エミルはそれがツボにはまったのか、お腹を抱えて地面を転がりながら大笑いしていました。にゃは、にゃは、とやや呼吸困難になっていますが、大丈夫でしょうか。


「わ、悪気はないんだよフランチェスカ。ゆ、許してやっ……ぶふっ!」

「わかっていますわっ! ミオに悪気がないことくらいっ! それより、あなた方に笑い者にされる方が許せませんわよ!?」


 顔を真っ赤にさせて怒るフランチェスカ。彼女の場合は怒って当然ですね。これほどの胸なら、大きくしたくてなったわけではないでしょうに。本当にデリカシーのない旅の仲間です、まったく。

 とりあえずミオ? 貴女には私の声くらい聞こえているのでしょう? ちゃんと王女様に、ごめんなさいしなさい。とても失礼な物言いでしたよ?


「……ごめん、なさい」

「あら、ちゃんと謝ることができるだなんて素晴らしいですわ。いいんですのよ、気になさらないで。まぁ……本当のことですもの」


 よくできましたね、ミオ。偉いですよ。ほら、王女様も苦笑しながらですが、ミオの頭を撫でてくれています。許してもらえてよかったですね。以後、口の利き方には十分……


「猫のおねーちゃん、きたない」

「にゃにゃぁっ!?」


 こら! 言ったそばからいけませんよ、ミオ! 確かに地面を転がりまわって泥だらけのエミルは少々……いえ、かなり汚れていますけど。言い方というものがあるのですよ!? ほら御覧なさい、エミルがしょんぼりと落ち込んでしまったではないですか。


「ごめん、なさい?」

「うぅっ、いいのにゃぁ……本当の事なのにゃ……」


 にゃふん、にゃふんとエミルが鳴きます。一応、汚いと言われる事を気にするのですね。地面を転がらなければ良いのに……


「ふあぁっ、おへや、もどってねる。ここ、うるさいもん……」


 確かに寝るにはあまりいい環境ではありませんね。でも仕方のない事です。むしろ、とても静かにしてくれていたと思いますよ。それどころか、気付けば二人ともミオを受け入れてくれたようですし。


「あ、ああ、ごめんな。ゆっくり寝ておいで?」


 そう言いながら、ナオがミオの頭を優しく撫でました。ここぞとばかりにスキンシップをしていますね。触りすぎですよ。

 こうして、ミオは目を閉じ、静かに眠れる自分の部屋へと戻って行きました。


 スキル【スピリットチェンジ】発動しました。

 身体の使用者がミオからサナへと戻ります。


「よしよーし。良い子だなー」

「……ん……?」


 チェンジに気付かないナオは、サナをお姫様抱っこしたまま、あやす様に揺れ、いい子いい子と頭を撫で続けています。そんな時、サナがゆっくり目を開け──


「きっ、きゃあああああああっ!? 変っ態!!!!」


 大暴れしながらナオの腕から降り、顔を真っ赤にしながら叫びました。ま、当然の流れですね。ご愁傷様です、ナオ。


「えっ、あ、サナ!? 違う! これはっ、違うんだ! な? な? お前たち!」


 気付いたナオが、大慌てで弁明し始めました。


「何が違うの!? 変態! 変態! 近寄らないでっ!」


 半ばパニックになりながら、サナはフランチェスカの後ろに隠れました。その様子を見て何となく状況を察したのでしょう。フランチェスカは困ったように眉尻を下げ、ため息を吐きつつ言いました。


「弁解のしようがありませんわ。説明できませんもの、仕方ないでしょう?」

「赤ちゃんプレイとしか、思えにゃーよね?」


 二人にも、サナには言うなと口止めしてくれていたようですね。ナオには感謝の気持ちでいっぱいです。


「違うんだぁぁぁぁ!」


 そのナオは、誤解されて打ちひしがれていますが。少々、かわいそうですね。サナもパニックになっている事ですし、一度落ち着かせてあげましょうか。


 スキル【スピリットチェンジ】発動しました。


 やれやれ、今日はチェンジに忙しいですね。

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