勇者一行との対面


 こうして、数日後。

 今日は旅に出る前に、勇者の旅の同行者と会う予定になっています。話を聞くに、旅に行くのは、勇者ナオ、癒しの弓術士と呼ばれるこの国の王女フランチェスカ、疾風の体術士と呼ばれる猫系獣人エミル。この三人に私たちサナが加わるわけです。

 大層な二つ名です。ちなみに勇者の二つ名は、選ばれし光の勇者です。そのままですね。


「貴女がサナ? わたくしはフランチェスカ。正直な話、貴女が旅に同行するのは納得できませんけれど、ナオの勇者の勘が言うのですから従わねばなりません。仕方がありませんので、わたくしも守って差し上げてよ?」

「は、はぁ……」


 そして現在。互いに自己紹介から、ということでサナは王女と対面しているわけですが……胸元に目が釘付けです。まぁ、いわゆる爆乳というサイズですからね。襟ぐりが少し開いたデザインの動きやすそうなドレスですから、余計に目がいくのでしょう。それでもいやらしく見えないのは、王女の気品あってのことかもしれません。


「聞いてまして?」

「あ、はい! その、私はサナ、です。ご迷惑にならないよう、気をつけ、ます……」


 おそらく、このように胸元に視線を向けられるのは慣れているのでしょう。王女フランチェスカはため息を吐きつつ、ハーフアップに結われた長い銀髪をパサリと手で払いました。陽の光を浴びてキラキラと輝いています。


「んにゃ! エミルはエミルっていうのにゃ。正直、サニャはお荷物にゃ。何か出来ることないのかにゃ?」


 続いて獣人のエミルが自己紹介をしました。ピョンピョンとサナの周りを跳ね回っていて、落ち着きがありません。遠慮というものをしないタイプですね。ですがこれは種族柄でしょう。獣人はあまり本心を隠しませんしね。ある意味、裏表がないので楽ではありますが。


「え、えと、危険なことがあれば、わかる、かな」

「にゃにゃっ!? 危険察知かにゃ!?」

「あ、うん。そう」


 スキル【危険察知】。これがサナの能力です。むしろこれがあるからこそ、サナは生き延びてこられたと言っても過言ではありません。

 先日、殺された夢を見ましたが、あれもこの能力の一つ。この場にいては危険なのだと夢で知らせたというわけです。


 ですが、サナは夢は夢でしかないと思っています。起きている時に何となく嫌な予感がする、だとか、あちら方面には行ってはいけない、などの察知をするのが、自分のスキルの全てだと思っているのです。まったく、サナは少しのほほんとしすぎですね。


「こぉんな弱っちそうにゃのに、すごいにゃ。サニャ、仲間にしてやるにゃ」


 そう言って彼女はサナの手を両手で取り、ブンブンと上下に振りました。ずいぶん元気な握手です。その度にフワン、と明るい茶色の癖のある短い髪が揺れます。


「あ、うん、ありがと。ってか、サニャって私のこと?」

「サニャじゃないのにゃ?」

「サナだけど」

「サニャじゃにゃーか! にゃ?」

「えっと、それでいいや、うん……」


 サナの返事を聞いて、エミルはにかっと笑いました。小麦色の肌に白い歯が映えますね。

 どうやらこの獣人は、サナを受け入れてくれたようです。単純、なのでしょうか。これで、サナが単なる足手纏いだと思われていたら、当たりが強かったかもしれませんね。


「エミルは極端ですわ。あんなに嫌がっていましたのに」

「役に立つにゃらいーのにゃ。それに、サニャはエミルと目を合わせてくれたから好きにゃ!」


 エミルのような獣人は、人間から少々、差別的な目で見られがちです。昔は人間より下とみなされ、奴隷という身分であった獣人。その名残のようなものなのでしょう。ですが、そんな大昔のことをいつまでも気にしている方がおかしいですよね。

 私もですが、サナもそんな風に思っていますから、相手の目を見て話すのは礼儀として当然だと思っているのでしょうね。


「エミルが仲良くしてくださるのなら、安心いたしましたわ。サナはこの国の大切な宝、国民の一人ですもの。蔑ろにする事は許せませんから」

「ふーんにゃ、チェスカの方こそ、ニャオが気にかける女ってだけでずぅっとソワソワしてたくせにー」


 ニャオ、とはナオの事でしょうか。一気に猫化しましたね、勇者。


「なっ、そ、そんな事ありませんっ! 一般人を巻き込むなどと、何を考えているのかと心配になっただけですわっ! 心外ですわよ!?」

「ふぅん? どぉかにゃあ?」


 王女は頰を染めてフイッとそっぽ向いてしまいました。まぁ、わかりやすい方ですね。


「王女様、私のことを気にかけてくれて……優しいんですね」


 けれど、サナは言葉の通り受け取ったようです。そうでした、この子はそういう言葉の裏を読み取るのが苦手なのですよね。


「もっ、もちろんですわ! あと、フランチェスカで構いませんわよ!」

「長いにゃー。チェスカでいいにゃ!」

「そんな呼び方、エミルくらいですわよ。まぁ、呼び難いのならサナもお好きになさって」

「サニャ! なんて呼ぶにゃ?」


 好きにして、という言葉はサナにはなかなか厳しいですね。選択する場面は得意ではないのです。例えばどちらかを選ぶ、というのならまだどうにかなります。赤と白どちらが良いか、肉と魚どちらが良いか、旅に行きたいか行きたくないか、勇者の手を取るか取らないか、などは選べるのです。流される事も多いですが。

 けれど、自由に選んで良い、と言われるとサナの思考は停止します。つまり……


 スキル【スピリットチェンジ】発動しました。

 身体の使用者がサナからミオへと変更されました。


「……う…………」

「サナ? どうされたのですか?」


 ああやはり、ミオが来ましたね。サナが混乱したり、強い不安を感じると必ずミオが反応するのです。基本的にミオは部屋に閉じこもっているので滅多に姿を現しませんが、こういう時に突然、支配者の席に部屋から転移してくるのです。

 つまり、避けられないチェンジというわけです。このスピリットは、サナの心の平穏を保つために必要なのですから。


「ぅ、わぁぁぁぁぁぁぁん!!!! うわあああああああああんっ!!!!」


 スキル【爆音】発動しました。


「んにゃあっ!?」

「きゃっ」

「うぉっ! なんだこれ!? 頭に直接……!?」


 そして、出てきたら最後。必ずスキルを発動し、ミオが泣き終わるまでスキルは続きます。


 このスキルは、泣き声が聞こえる範囲にいる者たちの脳内に直接響き渡り、混乱させてしまいます。ですが、ミオは小さな欠片のスピリットなので、持続時間も短いですし、防ごうと思えば防げるのですけど……流石の勇者一行といえど、こうも突然スキルが発動したら、防げませんよね。


 さて、どうしたものでしょうかね?

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