サナへの説得


 素直に頷くナオですが、なんせ残念勇者です。本人は約束を守る気でいるみたいですけど、うっかりまでは制御できないでしょう。そういった意味では全く信用できません。ですので。


「ずっと、監視させてもらうからな」

「それは、むしろお願いするよ。俺が余計なことを言ったりしそうになったら、教えてほしい」


 本人も自覚はあるようですね。それにもの分かりも良い。いいでしょう。私個人としては旅への仲間入りを認めても構いません。……なんせサナは殺される夢を見ましたからね。


 予知夢ではありませんが、この場にいるのは危険という意味は変わりません。勇者と共に旅に出られるなら、身の安全の為にも良いと思われるからです。


 けれど、肝心のサナはなんと言うでしょうかね? まぁ、いざとなったらサナには申し訳ありませんが、せめてこの地から勝手に離れさせてもらいましょうか。そうならないためにも、ナオにはぜひ勧誘を頑張っていただきたいのですけれど。


「……わかった。そろそろ、サナに代わる」

「ん、わかった。色々ありがとな。……ん? サナ? あいつさっき、激怒して……やべぇ」


 スキル【スピリットチェンジ】発動しました。

 身体の使用者がルイーズからサナへと戻ります。


 スッと目を閉じたルイーズ。そして次に目を開けた時は、サナとなっていました。


「あ、れ? ……あっ、あんた!!」

「ごめんなさいっ! 説明させてくださいっ!!」


 気付いたサナに何かを言われる前に、勇者ナオはサナの足元で地に伏せ頭を下げました。額が床についてますね……これをすればどうにかなると思っているのでしょうかね。蹴りたい衝動に駆られましたが、残念ながら身体の使用者ではありませんので無理です。非常に残念ですけれど。


『くくっ、さぁて、どんな説明してくれんのかねぇ? 勇者様は』


 こちら・・・に戻ってきたルイーズが、画面越しにサナとナオのやり取りを見てニヤニヤと笑っています。なかなか性格が良いですね。嫌いじゃありませんよ?


『あらぁ、なぁにぃ? 面白そうな事になってるじゃないの。アタシも、勇者様に会いたぁい』


 そこへ、談話室に厄介なスピリットがやって来ました。はぁ、貴女はまだ邪魔しないでくださいね、ニキータ。


『えーっ。仲間外れってわけぇ? そんなの悲しいっ』


 私に嘘泣きは通用しませんよ。


『……えへっ。バレちゃったぁ?』


 まったく。そのうち会わせてあげますから、しばらくは我慢してください。今が大事な時なのです。……貴女も、死にたくはないでしょう?


『……はぁい。大人しくしてまぁす。まだまだ楽しみたいもの。でも、その時になったら……必ず呼んでね?』


 なにも考えていないようでいて、油断ならないスピリットですね、ニキータは。やれやれ、魂の管理をするのも楽じゃありませんね。

 サナとナオの言い合う様子を眺めながら、私は密かにため息をつくのでした。




 あれから三日後、ついにサナが折れました。というより、ナオの粘り勝ちですね。私としては、旅に同行できるのは喜ばしい結果ですが、素直に喜べない、そんな決着でした。


「サナ! 準備はできたか!?」

「もう、ほんと……怒る気力も起きないし、何度も同じ事言ってるけどちゃんと言うね? 突然入ってくるのは、やめて! せめてノックはしてよ!!」


 怒る気力もないと言いながら、しっかり怒っていますね。ですが、私に言わせればサナは優しすぎます。軽く鳩尾に一発食らわせてしまえばいいのですよ。勇者なんですからどうって事ないでしょうしね。


「……ねぇ、本当に私が一緒に行って大丈夫なの?」

「大丈夫だ!」

「なにその自信」


 私たちの空間が、少し揺れます。サナの不安が表れているのでしょう。

 確かに、サナにしてみれば、怖い魔物がいつ出てきてもおかしくない旅に、確実に足手纏いな自分が共に行く意味がさっぱりわからないわけです。不安にもなりますよね。


「サナは時々、意識がなくなる時間があるって言ってたよな?」

「う、うん」

「その間、自分ではない誰かが活動してるのかもって」

「うん……何? 自分でも頭おかしい事言ってるって自覚してるけど?」


 そう、サナの認識はそんなものです。彼女が知ろうと望み、行動に移さない限り、私たちから彼女に伝える術など、限られていますからね。

 最も簡単な方法は、チェンジしている間に、彼女宛にメモを書き残す、などでしょうか。それをすれば、知らせることは出来ますが、今はまだ、混乱させてしまう恐れがあります。時期を見計らわなければならないのです。


 ただ、それではいつまで経っても進展がありません。ですので、チェンジしている間の生活に関しては、直接的なメッセージさえ残さなければあまり制限はしなくてよい、という曖昧なルールを作ったのです。その結果……


「だって。どう考えてもそうなんだもん。行った覚えはないのに買い物した形跡があるし、後で食べようと思ってた食べ物がなくなってたり。知らない間に怪我をしてる事もあるんだよ? 服だって、見覚えのないもの着てたりするし。あとは、知らない人に親しげに声をかけられたり……もうわけわかんない」


 サナの身の回りでは不思議な現象が起こる、という奇妙な図が出来上がってしまいました。ほどほどに、という加減がスピリット全員できるわけではありませんからね。けれど、これは必要な一歩だと考えています。


「サナはその、違う自分の事を知りたいって思ったりするのか?」

「……何か知ってるの?」


 ナオは、そういうわけじゃないけど、と言葉を濁しています。ちゃんと、ルイーズとの約束を守ろうとしていますね。


「大丈夫だぞ、サナ。それでも問題ない! 俺はどんなサナでも受け入れるし!」

「は? ちょ、ちょっと、意味わかんない」


 パン、と一つ手を打って、ナオは話を逸らしました。かなり雑な誤魔化し方でしたが、サナの頰が僅かに紅く染まったのを確認すれば、それがうまくいったのだとわかります。

 まぁ、ナオのそんな言い方じゃ、口説いてるようにも聞こえますよね。でも彼のことだから、そんなつもりじゃないこともわかっています。罪作りな男ですよまったく。


「仲間には俺から説明するからさ、頼むよ。どうしても、お前がいなきゃいけない。そんな気がするんだ」

「……それって、勇者の特性で?」

「よくわかんねぇけど、たぶんな!」


 間違いなく勇者の特性でしょうね。ルイーズが見つかってしまったあの時、すでに勇者と関わらない、という道は諦めていますし。

 勇者の称号による強運によって、例え世界の端へと逃げたところで必ず見つかってしまうのはわかっているのです。ナオがサナと共にいる、と決めてしまったのならこれは覆せない運命のようなものです。不本意ですが。


 そうなれば、私たちに出来るのは逃げるのを諦めて共にいる事。そして、旅の間、身に迫る危険を警戒する事だけですね。切り替えていきましょう。生き残るために。


「サナのことは、何があっても俺が守る! 約束だ!」

「わ、わかったよ! だからそういうこと、平気で言うのやめてっ」


 この、無邪気な笑顔を見ていられる限り、見守り続けます。

 どうか、ひとりでも多くの人が、私たちを認めてくれますように、と。

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