スキル【スピリットチェンジ】
ふむ、一番初めにそれを言い当てたのは彼がはじめてですね。彼なりに私たちを観察して考察したのでしょう。やりますね。
「……ふぅん。ただのエロバカ勇者じゃなさそうだな?」
「……物申したいところをグッと我慢するぞ俺は」
良いでしょう。ルイーズ、この男が私たちを利用したいというなら許容しましょう。その代わり、こちらも利用させていただきます。……サナが、夢を見ましたしね。
「……了解」
「ん?」
「いや。……わかった、教えてやる。だが、他言無用だからな」
ルイーズの言葉にナオは神妙に頷きました。
「アンタの言う通り、あたしたちはこの身体の中に複数の魂を宿している。多重人格と言えるけど、少し違う」
下ろしていた長い髪を結い上げながら、ルイーズが説明を始めました。ナオは表情を変えずに真剣に耳を傾けています。良いですね、高ポイントですよ?
「魂一人一人、それぞれのスキルを持っているが、それとは別に、全魂共通のスキルがある。スキル名は【スピリットチェンジ】。サナの感情が動いた時、あたしたちはその身体の支配権を得る。サナと入れ替わって生活する事が出来るのさ」
アンタが狙ってるのは、あたし達全員だろう? と、ルイーズは挑戦的に笑いました。
おやおや、勇者がわかりやすく動揺していますね。そんなにわかりやすくて大丈夫でしょうか。今代勇者は腹芸が出来ないようですね。
「いや、そんな事は、まぁ……あるんだけど」
「あんのかよ」
「いや! 違うぞ? 俺はな、お前に惚れたんだルイーズ!」
勇者の大きな声が室内に反響しました。言葉選びのセンスがないのでしょうか。いえ、言葉が足りないんでしょうね、これは。
彼の言葉を受けたルイーズは暫し硬直し、数秒後思い切り顔を染め上げました。ボッと火がつく音が聞こえるような気もしましたね。幻聴ですけど。
「なっ、なななな何、言っ、言って……!!」
「あっ、いや……その、違うっ」
「ち、違うのか……」
「違くはない!」
「どっちだよっ!? 何なんだよお前は! 帰れ! やっぱり今すぐ帰れ!!」
このように、不毛なやり取りが何度か続けられます。やってられませんね。早く話を進めてもらえませんかね? この茶番に付き合わされる方の身にもなってもらいたいものです。
「あー、こほん。つまり、俺はお前が魔物を倒してる姿を見たんだ。その時だろ? 初めて話したの」
「……あれ、話したって言えんのかよ」
少し落ち着いたらしい二人はようやく声の音量が通常に戻りました。いつの間にか立ち上がっていたので気まずげに椅子に座り直しています。
さて、初めてルイーズと勇者が話した時、ですか。たぶんあの時でしょうけれど、確かにあれは話したとは言い難いですね。
『すっ……げぇな、お前』
『っ!?』
『速すぎて目で追うのがやっとだった! なぁ、今の技って……あっ、ちょっと、待ってくれ! せめて名前……っ!』
街道から少し森へ入った辺りで、いつも通り魔物退治で荒稼ぎしていたルイーズが、勇者に見つかったあの時の事でしょう。思い出してみても勇者が一方的に話してますね。ルイーズは一言も喋っていません。
サナが平穏に大人しく暮らしているため、ルイーズは顔を隠して冒険者として活動していますが、それでも出来るだけ目立たないようにと、人の来にくい場所をわざわざ選んで狩っていました。
そしてたまたま、あの時はルイーズにしては珍しく返り血を浴びてしまい、隠している顔を出して布で拭っていたのです。
そのタイミングで勇者があの場所に来てしまいました。なんて出来すぎなんでしょうね? 元々村育ちの彼は王城での生活が窮屈だったのでしょう。よく抜け出していると騒ぎになっていましたから、森にいたのはわかりますけど。
あの日、彼があの場にいたのは単なる偶然か、運命か。いずれにせよ彼に見つかったルイーズは、彼の興味を引いてしまった事になります。
「ずっと、聞きたかったんだよ。俺、少しでも強くなっときたいんだ。だってほら、魔王を倒さなきゃいけないじゃん?」
「軽いな、おい」
「まぁ、な。だってあんまり深く考え過ぎると病んじまうっつーの」
ずっと特訓してきて、自分が強くなっていくのが楽しかったのに、最近伸び悩んでいる気がして思い詰めていたのだ、と彼は話します。誰しもが必ずぶつかる壁というやつですね。
ん? そうなると、出来すぎたタイミングは彼の勇者補正の可能性が高そうです。スキルとは違う称号持ちは、それだけで珍しいですからね。常時発動している称号【勇者】により、自分にとって良い出来事や、人を手繰り寄せる事が出来るのです。それも無意識に。反則ですね。幸運スキルの上位にあたる、と何かの本で読んだ事があります。
そして、実際
「だから、村でお前を見つけた時、すぐに声をかけようと思ったんだ。けど……」
「様子が違った、ってとこか」
「……お前は、というかサナだな。サナは明るい子だけど鈍臭くて、道のほんの少しの凹みに躓くような子だった。あの時の人物と同じだとは、到底思えなかったんだよ。鑑定結果も別人だったし。さっき聞いたスピリットチェンジのスキルは、隠蔽してんのか? 鑑定に出てこなかったし、余計にわけわかんなかった」
そりゃあ、世の中に鑑定のスキルがある事は知っていましたし、どこで誰に見られるかわかりませんからね。対策はしていましたよ、当然です。まぁ、なかなかに高い買い物でしたが、必要経費でしょう。
ナオは、だから様子を見ながら少しずつサナとの距離を詰めていったと語りました。私に言わせれば少しずつ距離を縮めた訳では決してありませんでしたけどね。街を歩くサナの前に飛び出し、「よぉ! 俺勇者! なぁ、名前教えてくれよ!」なんて言う奴ですから。彼は一体誰に常識を教えてもらったのでしょうね?
「俺は、純粋にルイーズの強さに惚れた。旅の仲間になってもらえたら心強いって思ったんだ」
「……今は?」
そう、私たちの特殊スキルについて知った今は、何を思っているのでしょうかね? 興味があります。
「……きっと、他にも強そうな奴がいるんだろうなって勝手に期待してる、醜い自分がいる」
「正直だな、お前」
彼は本当に裏表がない人物のようですね。これがわざとなら相当な曲者ですが。
『どうしたらいい? ジネヴラ』
脳内でルイーズが語りかけてきました。私たちは、それぞれ互いの存在を認知しているのでこうして脳内会議を行うことが出来るのです。……まぁ、出来ない
そうですね、ルイーズ。そろそろ戻ってください。これは、「サナ」が決める事ですからね。
『……そうだよな。わかった』
ルイーズは、言葉や態度とは裏腹に、とても素直で聞き分けの良い子です。ここで反抗する
「……旅の仲間になるかどうかは、あたしが決める事じゃない」
「……サナ、か?」
「ああ。
ルイーズがそう告げると、ナオは姿勢を正しました。
「サナは、あたしたちの存在を認知していない。つまり、今のやり取りを覚えていない」
「そうなのか……? ルイーズや、他の人は?」
「あたしは『見てたら』覚えてる。他の奴らも『見てたら』覚えてるだろうよ」
ナオはよくわからない、と言ったように首を傾げました。まぁ、わからないでしょうね。談話室でスクリーンを見ていれば当然覚えているけれど、談話室にいない時の事までは知りようがありませんし。こればかりは、彼にうまく説明出来る気がしませんので、放置しましょう。
「まぁともかく。サナは、自分が時々自分ではない誰かになる、って事までは自覚してる。そのおかげで生活出来ている事も」
サナは、私たちの事が「見えて」いません。おそらく今この時は、真っ暗な闇の中を彷徨っているのでしょう。最近は歩き回る事なくただ座り込んでいる事が多いですけどね。歩き回っても意味がないとわかったのでしょう。たったひとりで。
実際はひとりではなく、私たちがいるんですよ? 私たちはサナの周りで話しかけているのですが、声も聞こえていないようですから、仕方のないことです。が、やはり寂しいですね。
「だから、あまり余計なことを言うなよ。……サナの心がダメージを受ける」
「! わかった」
サナは好きでこのスキルを手に入れたわけではありません。心を守るため、分離した魂が意思を持ち、それがスキルになっただけなのです。
ですから、サナだけでなく、認知できていない
少しずつ。無理のない範囲で知っていってもらうしか、方法はないのです。
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