SS 幼馴染との噂
「桐生君、香坂さんと付き合ってるってほんと!?」
北高への入学式を終えてから三日。
まだグループも出来上がっていない、ホヤホヤの新生活。
だというのに、こういった噂が広まるのはどうしてこうも早いのだろう。
「みんなにも言ってるけど、付き合ってないぞ」
もう何度目かも分からない否定の言葉を口にすると、俺に寄ってたかっていた女子たちは意外そうな顔をした。
「嘘、だって今朝香坂さん桐生君の家の前で待ってたし! 絶対付き合ってるって!」
「ただの男友達なら家の前で待つとかあんまり聞いたことないし!」
「下の名前で呼び合ってるし!」
昼休みのテンションも相まってか、やたらとハイな女子たちに愛想笑いをする。
どうやら北高へ向かう際、俺の家がある道筋を通る生徒がいたらしい。
ただ登下校を一緒にするだけでなく、女子が男子を家の前で待っているというシチュエーションがどうも皆んなの目を引くのだろう。
それが名前で呼び合っているのだとしたら、俺も逆の立場だと少なからず興味をそそられるかもしれない。
でもまあ、幼馴染である香坂理奈とはそんな関係じゃない。
あいつの顔が良いことは認めるが、それは男として当然の感情であって何も他意はないのだ。
「ほんとに違うって。あいつとは小さい頃から知った仲ってだけで、今朝はちょっと約束あっただけ」
言った瞬間、しまったと思った。
女子三人、目を輝かせたのだ。
「え、約束!? なにその約束!」
「幼馴染っていうのも全然理由にならないよね、むしろますます怪しいっていうか!」
「白状しちゃえよ桐生くーん!」
女子三人はキャッキャと盛り上がっており、ここで俺がどんな弁明をしようが聞き届けられることはなさそうだった。
「なに、何の騒ぎ?」
そこでクラスの外からひょっこり顔を覗かせたのは、噂の当人である理奈だった。
片手には弁当を持っており、昼ごはんに向かう最中の様子。
「ああ理奈、いいところに。俺がお前と付き合ってないことをこいつらに説明してくれ」
「なに、陽あんたまたそんな噂流してんの?」
「おい、今まで流したことあるみたいな言い方やめろ! 入学して早々だからみんな信じるだろ!」
顔を見合わせている三人を横目に、理奈へ抗議する。
理奈はからかい足りないという様子だったが、高校に入学してまだ三日目だということを思い出したのか、残念そうに頷いた。
「はいはい、分かりました。みんな、私と陽介は付き合ってないよ。第一、陽と私って釣り合わないし!」
「てめえ!」
「な、なによ。これが一番手っ取り早い方法じゃない」
「そういう問題じゃねえよ、ちょっとは俺のことも考えろ!」
俺と理奈が言い争っていると、女子の一人が唐突に輪の外へ会話を振った。
「ねえ、藍田さんはどう思う?」
心臓がドクンと跳ね上がった。
少し前の席で、藍田が今にも振り返ろうとしている。
──冗談だろ、まだ高校に上がってほとんど目も合わせていないのに。
北高へ入学し藍田と同じクラスだと分かった時は、不幸なのか幸せなのかよく分からない気持ちにさせられた。何せ、半年前に直接振られているのだ。
思わず目を逸らした。
いくら藍田が目を見張るほどの美人でも、気まずいことには変わりない。
むしろ美人であることが余計に俺をそんな気持ちにさせる。
「え、何?」
久しぶりに間近で聞いたその声は、思い出と違わず心地いい音色だった。
たった一言が、耳から脳へと駆け巡るようだ。
緊張しているのだろうか。
「桐生君と香坂さんが付き合ってるっていう噂! なんか香坂が今朝桐生くんの家の前で待ってたらしくてさ」
女子の一人が藍田に向かって説明すると、藍田は首を傾げたようだった。
「桐生くんは何て言ってるの?」
「本人は付き合ってないって否定してるけど、」
「うーん。じゃあ、付き合ってないんだと思うよ」
にこっと笑う気配があった。
高嶺の花と呼ばれる藍田奏。
入学して日も浅いのに、そうした呼び名だけは一人歩きしているようだ。
たった一言の否定で、女子3人が大人しくなったのが良い証拠だ。
「えぇー……でも藍田さんが言うならそんな気がしてきたなぁ……」
ようやく誤解だと思い始めた女子三人に、理奈も後押しした。
「あはは、だからほんとに付き合ってないって言ったじゃん。勘違いしてる人にみんな言っといてくれたら助かるかも!」
理奈はあどけない笑顔で言う。
女子三人も理奈の言葉を信じたようで、オッケーを出して去っていった。
俺が否定した時とは扱いの差がある。
もしも藍田の一言ではなく、俺と理奈が釣り合わないという言葉に説得されたならそれは断固抗議したい。
「ダメよ、せっかく誤解解けたんだから」
理奈は俺の思考を見透かしたように、呆れた声を出した。
分かってる。抗議したかっただけで、行動に移すつもりは元々なかった。
藍田をチラリと見ると、もう振り向いてはいない。
長い黒髪が目立つ後ろ姿は、中学の頃と変わっていないようだ。
「なんか、高校って中学と全く変わると思ってたんだけど。こういう噂好きのところは全然変わらないのね」
理奈は少しつまらなそうに髪をいじる。
茶色の髪が、指の間をサラリと流れる。
昔とは違う、女子らしい髪だ。泥んこになって遊んでいた記憶が、ふと蘇った。
「? 何よ」
理奈が怪訝な顔でこちらを見る。
「……いや。まー、大人になっても週刊誌読んでる人沢山いるしな。こんなもんなんだろ」
そう言って誤魔化した。髪を見ていた、なんて言えばまたからかってくるに違いないからだ。
誤魔化しの言葉は上手く効いたようで、理奈はため息を漏らした。
「なーんでみんな、他人の噂なんて好きなのかしらね」
「さあな。まあ噂好きはどこに行ってもいるだろ」
世の中、一見つまらないニュースでもどこかに需要はあるのだろう。
他人の恋路など、その最たる例だと思う。
「もうあんまり家の前行かない方がいい?」
理奈がそう聞いてきた。
私はどっちでもいいけどね、なんて言いそうな表情だ。
俺もまあ、どちらでも良かったが。
一日だけ家に来て欲しい日があった。
「いや、俺来週日直なんだ。なんとなく一人で早めに登校するの嫌だから、その時は付いてきてくれ」
「なによそれ」
「ダメか?」
「はぁ。まあいいけどさ」
そう呟く理奈の口元が、少し緩んでいた気がしたのは気のせいだろうか。
日直の日は、ついに仮入部の解禁日。
新しい生活は始まったばかりだ。
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