第61話 偽りの告白〜藍田side4〜
北高の入学説明会で桐生くんの姿を見かけた時はホッとした。
志望校は聞いていたけど、別々になる可能性も十二分にあったから。
桐生くんは私を見ると、すぐに視線を逸らした。
そりゃそうだ。
自分を振った相手と目が合うと、誰だってそうすると思う。
身勝手な話だけど、その頃の私はもう割り切っていた。
高校で再会したら、私はバスケ部のマネージャーになる。
桐生くんも、恐らくバスケ部に入る。
もう一度仲良くなって、その時に、今度は私から告白する。
桐生くんが、私のことをまだ好きだという確信があったから。
そんな思いを胸に始まった高校生活は、初めは上手くいっていた。
高嶺の花という呼び名が高校まで引き継がれたことは予想外だったけど、バスケ部員は皆んなフレンドリーに接してくれて、私自身楽しい生活を過ごしていた。
でも、誤算があった。
それは、桐生くんと香坂さんの距離が、当初思っていたよりもずっと近しいものだったということ。
幼馴染の絆といえば、聞こえはいいけれど。
男女としてお似合いだと思ってしまう自分がいて、私は焦ってしまった。
焦っていたから何とか桐生くんの気持ちを取り戻そうと、思わせぶりな態度を取ったり、言葉を並べた。
でもそれは逆効果で、桐生くんの気持ちはどんどん整理されていく。
極め付けは、猫公園で桐生くんに自分のことがまだ好きかと訊いたことだ。その場では誤魔化したが、桐生くんは明らかに怒っていた。
「……なにやってるんだか」
馬鹿みたい。
私はシャワーを数十分も浴びながら、自分の行動に何の意味があるのかと考えた。
高校入学当初、私は自分から桐生くんと仲良くなるつもりで、積極的に話しかけていた。
でも今まで能動的に人への関わりを作ろうとすることが少なかった私にとって、関係の再構築はとても難しくて。どうしても、過去のことを仄めかしたくなる。
それが私をもう一度好きになってもらう為の近道だと、甘えてしまっていた。
でも、もう認めざるを得ない。
桐生くんは昔に比べて大人になった。
物事への考え方、言動全てにおいて。
この桐生くんに振り向いて貰うには、今のやり方じゃ駄目だということ。
「どうしたら……」
どうしたら、香坂さんのように。
本当の意味で、桐生くんへ近付くことができるのだろうか。
視認できない隔たりがある、今の関係はもう沢山だ。
シャワーから出てくるお湯を止める。
浴室内は湯気に包まれて、鏡に映る自分さえ見えない。
「……自分でも、わかんないもんね」
湯気で霞む視界のように、もう本当の自分を出していた頃の記憶は摩耗してしまっている。
だから私は、見つけてほしい。
もう、手段は選ばない。
選んでなんか、いられない。
香坂さんに体育館裏へ呼び出されたのは、そう覚悟を決めたばかりの時だった。
猫公園でのことが、香坂さんの知るところとなったのだろうか。
香坂さんから発せられる言葉が、耳朶に響く。その節々から怒気が垣間見えて、それに触発されるように私の頭も熱くなっていく。
私が欲しいものを全部、全部持っている人。
桐生くんがいる時は"高嶺の花"を演じていたけど、香坂さんには通じない。
それを分かっていながら尚演じ続ける私は、些か滑稽に映ったことだろう。
……馬鹿にして。
そんな想いが溢れて出て、私は初めて香坂さんと正面から言い合いになった。
今まで言ってやりたかったことを、冷たく言い放つ。
その時は、いつもの様に発言前に内容を考えることはなかった。だとすると、これが私の本質なのかもしれない。
「"高嶺の花"なんてあだ名に隠れて、あなたは──」
そこから続く言葉は大方予想することができた。
きっと、私の本質を捉えた言葉が飛んでくる。
……なんて皮肉。
よりによって私の本質を理解している人が、香坂さんだなんて。
その時桐生くんが飛び込んできて、私たちの小競り合いは打ち止めとなった。
「付き合おう? 私たち」
香坂さんが居なくなった後、私は告白した。
望んだ展開ではないが、裏を見せてしまった以上悠長はしていられない。
でも桐生くんは私の言葉に、明らかな拒否反応を示した。
先程の私はあくまで香坂さんが相手だったからで、桐生くんに対してはあんな態度は取らないけれど。
桐生くんにとっては、初めての"私"だ。
裏を見せたことで信用を失ってしまったことは明白だった。
この流れで再度告白しても、付き合える自信はない。
それでも今付き合わないと、きっと桐生くんは私から離れてしまう。そして離れた先で待っている人は、想像に難くない。
今確実に、桐生くんと付き合う為にはどうしたら。
「これは決定よ。桐生くんは今から私と付き合うの」
結局、私はまた自分を偽った。
つまらない嘘と演技を重ね、付き合うという結果だけを優先した。
理解し合うのは、付き合った後からでいい。
付き合わないことには、何も始まらない。
そう思っていた。
◇◆◇◆
──それが、私の弱さ。
付き合うという結果を優先して、相手と分かり合うことを後回しにしてしまった。
「うん。報われるはずないよね」
自分に言い聞かせて、苦笑いした。
仕方ないと、今なら納得できる。
だから掌から溢れ落ちようとする大切な雫を、掬い上げることはしない。
夏休みが終わる。
終わろうとしている。
ひぐらしの鳴き声が、夜の帳に飲み込まれるように消えていった。
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