第51話 仲間達

 ──集中できない。

 期末テストの真っ最中、脳裏に浮かぶのは理奈と藍田。


 分からない問題に直面した途端、現実逃避するかのように二人が頭の中で邪魔してくる。


 邪念を追い払い、何とか仮定法のイディオムを思い出そうと見切り発車でシャーペンを走らせてみるも、すぐにぴたりと止まってしまう。


 ダメだ、思い出せない。

 この問題は捨てるしかない。

 俺は諦めて天井見上げる。

 学年で五十番以内を目標にしていたが、この分ではどうやらダメそうだ。

 テスト直前に色々あったからなあ、と藍田の机をちらりと見る。

 藍田のシャーペンは止まることのない速さで答えを埋めていっている。

 後ろの席からタツの寝息が聞こえるのは安心材料だ。

 これで中間テストのように四位という好成績を残すことは難しくなっただろう。


「そこまでーっ」


 先生のお気楽な声と共にチャイムが鳴り響く。

 クラスがざわざわと「前回より難しくなかった!?」「長文あんなに出るとか聞いてねえよ!」「山外れたわ最悪」という具合に騒がしい。


「テスト用紙を回収するまでに話した生徒はカンニングと見なしますよ!」という注意でようやく静かになった。


 後ろから回ってくるテスト用紙に自分の用紙を重ねて、前の席に渡す。

 結果は分からないが、とりあえずテスト週間から解放されたのだ。

 そのことが無性に嬉しくて、思わず大きな伸びをした。


「桐生、やばいって俺」


 後ろからタツがガシリと肩を掴んでくる。


「寝てたんだろ。知ってるよ」

「知ってたの!? 知ってたんならなんで起こしてくれなかったの!?」

「無茶言うなよ、ちょっとは机揺らしたりしてやったんだぜ。でもお前の熟睡ぶりときたらそりゃー筆舌しがたいもんでよ」


 そこまで言うと、周りの席のクラスメイトが集まってくる。

 みんなテストから解放された事で、表情は陽気そのものだ。


「そうだぞタツ、お前ずっと寝てたんだから! 桐生がちょびっと起こそうとしてるの見えたぞ!」

「そうよー、私だって鉛筆わざと転がして先生呼んだりしてあげたのよ? それでも起きないんじゃあね」

「そうなの、じゃあ俺がほんとに起きなかっただけ!? すごくない!? 俺すごいな! もうそういうことでいいわ!」


 軽く発狂するからタツに、周りが笑いに包まれる。

 藤堂もタツいじりに参加するようで、教室の反対側からやって来て声を掛けた。


「よっぽど良い夢見てたんだろーな」

「そりゃ良い夢なことは間違いなかったけど。藤堂はクラスのビリから脱出できそうなのか?」

「お前言いやがったな、それ内緒にしろって言っただろ!」


 藤堂が駆け寄ってタツを羽交い締めにする。

 タツが悲鳴を上げて、みんなが「やれやれ!」とお祭り騒ぎになる中、俺も馬鹿みたいに笑ってその騒動を見ていた。


「そういえば男バス、結構いいとこまで行ったんだって? 理奈ちゃんが凄かったって言ってたよ」


 女子の一言で、藤堂はパッとタツを離し目を輝かせた。

 何を隠そう、このクラスにはその男バスのスタメンが三人いるのだ。


「そう、地区の決勝まで行ったんだ」

「知ってるよ、タツくんもだし桐生くんもでしょ? 凄いよね、五人中三人が一年生なのに」

「うちらのクラスからスタメン三人出て決勝までいくとか、結構鼻高いんだけど。次も頑張ってね」

「もし県まで行ったら、うちら練習なかったら応援行くよ」


 口々に女子から贈られる賛辞とエールに、タツと藤堂は口元が緩むのを抑え切れないようだった。


 そこで俺は、理奈の言葉を思い出した。

 悔しさを原動力にするには限界がある──

 原動力の答えは、人それぞれ違うものだろう。


 だが共に試合に挑んだタツと藤堂の表情から、その答えを察せられないほど俺は鈍感じゃない。


 これを逃す手はない。

 チャンスだと思って、俺は口を開いた。


「一年生レギュラーが、部を県大会に連れて行ったら格好いいよな。練習量増やして、本気で目指すのもありかも」


 タツと藤堂が、一瞬口を閉じる。

 だが俺は一縷の心配もしていなかった。

 この二人の答えは、もう分かっている。

 先に口を開いたのはタツだった。


「任せとけ、このタツ様が北高を全国に連れてってやるからよ。もうエースが桐生だなんて言わせねえ!」


 タツに続いて藤堂も、笑いながら拳を突き上げる。


「だな、俺ら今大会桐生に頼りっぱなしだったし。次は俺がエース級の活躍してやるよ」


 二人の宣言に、クラスメイトが大げさに拍手で盛り上がった。


 ──こんなに簡単なことだったのか。

 難しく考える必要はなかった。

 試合で培ってきた仲があれば、価値観は違っても円満に纏めることはこれほど容易なのだ。

 俺は最初から説得することを諦め、ズルズルと一人思い悩んでいただけで。

 理奈に打ち明けた悩みも、聡美に心配してもらったことも。俺がしっかりしていれば、多分必要なかったことだったんだ。

 それでも苦しかった時間は本物で、二人には感謝してもし切れない。

 特に理奈には、この現状を今すぐ報告したいくらいだ。


「やっぱりそんなに桐生くんってすごいの? 理奈ちゃんも『あいつはレベチ』って言ってたんだけど」


 女子が質問すると、タツが頷く。


「まあレベチだな、うん。特に1on1仕掛ける時の動きはキレがやばい。頭おかしい」

 続いて藤堂も、

「得点の半分は桐生だしな。正直勿体無かったぜお前ら、あれを見ないのは。試合に出てた俺ですらたまに見惚れたもんな」

 と言うものだから完全に周りからの脚光が集まる。

 正直まんざらでもないのだが、鋼の精神で謙遜する。

 中学時代の俺なら緩む頬を止められなかったことだろう。


「まあ、タツや藤堂が俺に動きやすいスペース作ってくれたからな。みんな次の大会来てくれよな、応援まじで力になるから」

「おいおい、そりゃ男子にも言ってるんだよな?」

「当たり前だろ!」


 藤堂の質問に焦ってつっこむと、また周りが笑いに包まれる。


「ハードな練習提案して先輩たちが渋い顔しても、俺らが説得しようぜ。強くなるためだ」

 俺が言うと、タツがニヤリと笑った。


「桐生は特にスリーポイントだな。いやー、まぁ外しまくってたからな! そりゃもう全く入る気配なくてよ、たまに入ったと思ったら──」

「う、うっせえ黙れ!」


 今度は俺がタツを羽交い締めし、タツは「ぎぎぎぎぶぎぶ」と腕をタップする。

 タツがバタバタと暴れるのを抑えながら、ふと藍田に視線を向けた。


 藍田は女子三人に囲まれて、テストの出来を報告し合っている。

 目立つ存在でいながら、こういった喧騒に加わることが少ないことも『高嶺の花』と呼ばれる所以なのではないだろうか。

 まさにクラスメイトの一つ上の世界に住んでいる存在。

 藍田を好いている人は多いし、藍田がグループに加われば喜ぶ人も多い。

 にも関わらず藍田が誘われないのは、皆んな遠慮してしまうからなのか。

 以前昼休みで藍田と一緒に昼ごはんを食べたことがあったが、藍田がああいった場に加わったことはそれ以来記憶にない。


 自分の机でいつもの三人と弁当を食べて、談笑する。

 藍田を取り巻く三人も、本当に藍田自身を好いているのだろうか。


 俺は改めて、藍田について知っていることが少ないと思う。

 それをたまに嫌でも実感してしまう。


 ……理奈に相談したら、ちゃんと答えてくれるだろうか。

 相談することが叶わないことは分かっている。

 それでも未だにどこかでまだ理奈を最期の支えとして頼っている部分があるのだ。

 ──理奈に頼るのも、いい加減にやめないとな。


 タツを離すと、まだクラスメイト達は笑っていた。


 俺は笑顔を貼り付けて、考えた。


 嬉しいこと、相談したいこと。

 それらをすぐにでも報告したい相手が、理奈であること。

 それが何を意味するのかを。

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