第40話 勝負の第1Q

 キレのある、迷いのないフットワーク。

 それは千堂高校が今までの相手と比べ、実力が逸していることを如実に示していた。


「……っ」


 一度ドリブルインしようとした脚を引っ込めて、ボールキープを余儀なくされる。

 第1Q残り一分、8-20。

 着実と離れていくスコアに、時間をかけたチームオフェンスよりやはり俺が気張らなければという思いが強くなっていた。

 試合が始まっての九分間、俺のボールを持っている時間はいつもより多い。味方にボールを渡す時は完全にフリーになってからで、慎重に試合を進めた結果点を決めるペースも遅くなってしまった。

 第1Qでもう12点差。

 序盤とはいえ、これ以上差がついては試合に勝つどころの話ではない。ここは無理矢理にでもダブルチームを突破し、点を取るペースを上げていかなければならない。

 今、ダブルチームを抜けるスペースはあるのか。

 ダブルチーム越しに確認するとスペースは狭く、前にいる二人を抜き去った瞬間にボールを取られることは避けられないだろうことが分かる。

 抜いた瞬間にパスをすれば良いかと考えたが、それもどうやら難しい。

 前にいるダブルチームは、俺にプレッシャーを与えつつ距離を中々縮めることがない。俺が前進した分相手も後退するので、抜き去ることに専念しなければとてもじゃないが中に入ることができない。

 要するにパスコースを探しつつドリブルインを試みても、二人を抜き去る自信がないのだ。


 にしても、ただの二人ならば抜くことができる。又東高校との試合でそれはもう分かっていることだ。

 俺が攻勢をかけ切れない理由はダブルチームの片方、瀬川にあった。


 ──まじで鬱陶しい。


 俺が右にステップを踏めば、その方向へ片足を入れて進路を防ぐ。左に踏めどそれは同じ。最小限の動きだけで、俺が次の一歩を踏み出すコースを潰していくのだ。

 俺は前の試合でダブルチームを突破する際、スピードの緩急で相手の対応を遅らせて2人の間を駆け抜けたり、左右に大きく身体を振り相手の重心をズラしてサイドを突くなどをしていた。

 だが今はスピードに乗るスペースが与えられないし、サイドに逃げようにも瀬川に次の一歩を潰される。

 本当はこういった場合、ボールを貰わずにチームメイトのスペースを作ることへ専念するべきなのだ。

 ディフェンスを二人引きつけるということは、それだけでチームにとって有益なことだ。オフェンスで四対三という数的有利を、常に作り出すことができるのだから。

 だが俺を抜いた北高スタメン四人が、千堂高校相手三人に安定して点を取れるかと考えれば厳しいということも事実。


「桐生!」


 掛け声の方に視線を投げると、藤堂が両手を胸元に置いている。

 パスを求めているのだと分かり、一瞬だけ迷った。

 このまま俺が一人でダブルチームの攻略を模索するか、チームメイトに任せるか。


「……藤堂!」


 床から跳ね返ったボールが掌に収まるまでの一瞬に、俺は藤堂の方へ身体を向けた。

 ボールが俺の掌に収まり切ると、パスをする形でボールを空中でスライドする。

 瀬川がいち早くパスコースまでも防ごうと、俺と藤堂の間に身体を入れた。

 ダブルチームはそれぞれが役割を分担できる分、こういった状況でいち早く対応ができる。

 現にこうして、パスを防ぐディフェンス、突破を防ぐディフェンスと分かれている。

 裏を返せば。

 今突破を狙えば、1on1。


 スライドされたボールが藤堂の方向へ向かわず、その場に落ちていく。

 高度なパスフェイントだが、俺ならできる。

 だが瀬川はボールの軌道で俺が何を目的としているか察しているだろう。

 ボールが床に触れるや否や、俺は身を屈めて瞬時にドリブルを試みる。

 左斜め前に瀬川、正面にもう一人。それならばコースは決まっている。

 ロールで一気に右斜めへと身を投げ出すと、視界が広がった。

 ここから先は今は余計なフェイントなどは考えず、スピードに乗ることだけでいい。むしろそれが最善手。


 パスコースを塞ぎに行った瀬川は勿論、もう1人もスピードだけで追いていく。


 空を切り裂くように突破した俺は素早く辺りを見回した。

 フリースローラインのすぐ後ろにはカバーにきたディフェンスがおり、ここで勝負をするのは効率が悪い。

 そう判断して、ゴールから離れた場所からレイアップをする。

 掌からふわりと離れたボールは、リングに触れることすらなくネットへ吸い込まれた。


「ナイス桐生」


 肩をポンと叩いてくる藤堂に頷いて応える。

 二人を抜いた後、空いている味方にボールを渡す選択肢もあったが、結果を見ればこれがベストだったと思える。

 もうすぐ第1Qも終わる。

 この調子でダブルチームを抜いて、追い越すことができれば。

 そう考え自陣へ戻るため身を翻すと、自陣の深い場所に瀬川がいた。

 瀬川の姿を認めたのと同時に、俺と藤堂の間を縫ってパスが放たれる。

 速攻だ。

 俺がシュートを決めるために千堂高校陣にペネトレイトした際、瀬川はその場に残っていたのだろう。

 追い付くことが難しい距離の中、俺は冷静に分析していた。

 瀬川は危なげなくロングパスを受け取り、緩いスピードでゴールに向かう。

 ここで点を決められたら、10-22で12点差変わらずだ。

 これでは俺がダブルチームを破った意味がない。


 唇を噛み締め、次の策を考える。

 恐らく先ほどのようなパスフェイントをすぐに再使用するのは取られるリスクが高い。

 確実に、そして素早く点を取るにはどういった状況で仕掛ける方がいいのか。


「頼む、藤堂!」


 ベンチからの掛け声でハッとする。

 前方では藤堂が全速力でコートを駆け上がっていた。

 俊足の藤堂は、緩いスピードでシュートへ臨む瀬川に瞬く間に追いつく。

 タツもその二人に追い付こうとしており、この速攻を止めることに賭けているような様子だ。

 ──正直、この状況下で止めることが難しい速攻に体力を使うのは得策ではないと思っていたが。


「くそ、馬鹿か俺は!

 身体に鞭を打ち、俺も全力で駆ける。

 今瀬川は藤堂との1on1に注力しており、恐らくすぐに抜き去るだろう。

 そんな局面でタツ、そして先輩二人も速攻を止めようと必死になっているのになぜ俺が一人で諦めている。

 藤堂が抜かれて、タツが間一髪で追い付いた。

 タツの力量を考慮すると、ギリギリ俺も間に合うかもしれない。

 俺が最初から全力で走っていれば、二人で止められたかもしれない。

 だが今は後悔より、少しでも速く前へ。


 瀬川はタツを細かいテクニックで翻弄しようとしている。

 その余裕振りはかつての俺を彷彿とさせた。速攻は、文字通り速く攻勢にでなければ意味がない。連続で1on1をして、ましてやテクニックを見せるなどかなり効率が悪い。

 だが、そのおかげで。


 瀬川がタツを躱し、レイアップの体勢に入る。飛ぶタイミングが、俺にはハッキリと分かっていた。

 こいつは俺と似てるから。

 瀬川が踏み切るタイミングで、俺も地面から跳躍する。

 藤堂とタツが気合を入れてくれたおかげで追いついた。

 後は前のボールを叩き落とすだけだ。


 爪先が、ふわりと浮く直前のボールに触れる。

 いける。

 そう思った瞬間だった。

 瀬川のゴールに伸ばし切った右手が不意に消えた。

 跳んでいる瀬川の体勢も丸くなり、それはレイアップのそれではない。

 ダブルクラッチ。

 このタイミングで使われたのだ。

 瀬川にしてはゴール前でもたついてると思っていたが、まさか。


「うっ」


 後ろから瀬川へ覆い被さるように接触する。問答無用のファウルだが、俺の気はそんなところに注がれてはいなかった。

 接触する直前に放たれたボールは、北高のゴールネットへ。

 バスケットカウント、3点プレー。

 1Qにして、千堂高校との点差がまたしても広がっていく。

 皮肉にも、瀬川は俺の得意技でトドメを刺してきた。

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