第39話 千堂高校

 体育館のドアを越えると、準決勝の熱気が俺たちを包んだ。

 スコアボードを確認すると、37-40。白熱するわけだ。

 準決勝ということもあって、体育館には観客が詰め込んでいる。

 北高の選手たちが入ると、観客の目が一斉にこちらに向けられるのを感じた。


「注目されてんなあ」


 固い声の藤堂は、ギャラリーを眺めてそう言った。


「そりゃ、俺たち弱小校だからな。それがいきなり準決に来たんじゃ注目もされる」

「相手も千堂高校だもんな」


 千堂高校は三年連続で県大会に出場している、この辺りじゃ名の通った高校だ。以前の北高では練習試合すら組まれないようなレベル。

 そんな相手と北高が対戦することに、ギャラリーたちも驚いているようだ。

 準決勝を前に姿を消したチームも何校か観戦しにきているようで、これほど注目された状況は久しぶりだった。


「いくぞ」


 清水主将の掛け声と共に、ゴール下からボールがパスされる。フリースローライン付近でそれを受け取った選手がシュートをする簡単な練習だ。

 みんなが次々とシュートをしていく中、俺は一人北高のコートから離れて千堂高校のコート前へ足を向けた。

 そのコート手前にかつての仲間がこちらを見据えていたからだ。

 対峙した瀬川は以前より隆々としており、その表情には自信がみなぎっている。


「久しぶり、桐生」

「おう」


 部活を引退して以来ほとんど顔を合わせなかったこともあって、随分と久しく感じた。


『裏切り者』


 かつて受け取ったメールが脳裏によぎる。苦い記憶として残っているそれは、自然と表情を曇らせた。


「なんで北高に行ったんだ、お前」

「いきなりかよ」


 思わず眉根を寄せると、瀬川は肩をすくめた。


「当然思うだろ、チームで一番強かったやつが弱小校に行ったんだ。最初聞いた時は驚いた」

「そんなもん、直接じゃなくメールで聞けよ」


 軽く皮肉を入れた返事に瀬川は苦笑いした。


「悪かったよ、あの時はついな。今は何とも思ってないから」

「なら、もういいか」


 この練習でボールタッチを確かめたい。

 調子が良いに越したことはないが、悪くても事前に分かっていればそれを見越したプレーをすればいい。その調子を事前に見極める上で、試合前のウォーミングアップはとても重要なものなのだ。

 瀬川の姿を認めた時に思わず対峙してしまったが、思えば語ることなど何もない。

 今は試合前で、敵同士なのだ。末梢まっしょうなことは試合後にでも置いておけばいい。

 瀬川も同じことを感じているのか、短い問答のみで背中を向ける俺を引き止める様子はない。


「なあ、やっぱ一つだけいいか」


 瀬川に大事なことを伝え忘れていたことを思い出した。

 付け加えた俺の一言に、瀬川は首を傾げる。


「北高は強いぞ」


 俺はその言葉をどんな表情で発したのだろうか。

 意外なものを見たような目をする瀬川で、かつての俺とはかけ離れた言葉なんだろうということが分かる。


「期待しとくよ、元エース」


 そう言い残して自陣に戻る瀬川に、今日の試合は又東高とのものより数倍激しいものになるだろうと予感した。


 ◇◆


「桐生くんには二人ディフェンスが付くと見て、まず間違いないと思います」


 北高と千堂高校との試合が始まる直前のミーティング。

 選手の緊張が高くなる中、マネージャーである藍田が淡々と対策の最終確認をとっていた。

 会場は先程まで繰り広げられていたハイレベルな準決勝の興奮が未だに収まらないようで、今から始まるこの試合にも期待している様子が伝わってくる。


「試合のキモは桐生くんがダブルチームを破るか、空いている選手が有効なプレーをできるか。でも、相手は千堂高校だしそんなに簡単にはいかないと思います」


 藍田の言葉に、清水主将が大きく頷いた。


「桐生に頑張らせるより俺らの動きの方が重要だよな。桐生がディフェンスを二人も引き付けてくれる、本来なら残りの四人はかなり有利になるはずなんだ」


 本来なら、と言うのは相手が千堂高校だからだろう。

 又東高校との試合で俺にダブルチームが組まれた際も、残りの選手は試合を有利に運んだとは言えないものだった。だからこそ、俺は無理矢理ディフェンスをこじ開けたのだ。

 その又東高校よりも更に強い、県大会出場常連校である千堂高校。あの時より俺以外の四人が苦労するのは明らかだ。

 日頃からパスワークの連携プレーに力を入れていれば、こういった状況でも対応はできたはずだ。だがまだ夏の大会で、スタメンの三人が一年生というこの状況からそれは些か厳しい。

 これらのことを鑑みると、導き出される結論は限られる。


「俺がこの前より更に速く動きます。ダブルチームでも問題なく抜いてみせるんで、清水先輩たちは俺が抜いた後のスペースを確保しておいてください」


 俺が今まで以上の力を発揮すること。

 ダブルチームを破ることができれば、いくら千堂高校の総力が又東高校を凌駕するからといって試合展開はさほど変わらないだろう。

 そしてラフプレーの心配が薄い分、俺も思い切ったプレーができる。

 その為に必要なことは俺の動きの他にもう一つ重要なことがある。それを伝えようとすると、先に藍田が口を開いた。


「タツくんスクリーンアウト得意だよね。タツくんが桐生くんの近くにいた方がいいかも」


 藍田の問いに、タツは親指を上げる。

 やはり藍田はことバスケに関して察しが良い。横にいる戸松先輩も選手の心の支えになっている節があり、北高は本当にマネージャーに恵まれている。

 他の選手然り、北高はいいチームだ。

 あとは俺がこのチームを勝たせるんだ。

 チームのスタメンとして、そして何よりエースとして。


 そんな決意を噛みしめていると、選手の入場を促す笛が鳴った。

 スタメン達は一斉に顔を上げ、表情を引き締める。

 俺たちが一度コートに入ってしまえば、そこからは試合が終わるまで一瞬のことだろう。

 四十分という試合時間は長いようで、終わってしまえばいつも刹那の記憶となる。


「桐生くん」


 最後に声をかけてくる藍田の表情は少し優れない。

 戸松先輩は選手を勇気づけるような笑顔でスタメンを見送っているので、俺もそれを所望することにした。


「藍田、笑ってみせて」

「え?」

「ほら、マネージャーが試合前からそんな顔してたら俺も不安だって。笑って笑って」


 茶化すように言うと、藍田は少し眉根を寄せた。


「……なんか恥ずかしいからやだ」

「それがないと1on1にすら負けそうなんだが」

「なにそれ、そんなので桐生くんが1on1で負けるはずない」

「いや、まじで負けるから。はやく」

「馬鹿なこと……」

「被らなくていいのか」


 人目があるので猫を、とまでは言わないが。

 省略された言葉を理解したのか、藍田は一瞬だけ俺を睨むと深呼吸をした。


「その、頑張って」


 藍田は作り物とは思えないほどの微笑み浮かべる。

 だがそれはいつもの人を騙す微笑みではなく鼓舞するためのものだからか、俺にはどこかぎこちないように思えた。


「はい、行ってきて」


 そっぽを向いてベンチに戻る藍田に、思わず口角が上がる。


「おう、行ってくる」


 聞こえるように返事をして、俺もついにコートに足を踏み入れた。

 この試合は、俺が経験してきた試合の中でも頭一つ抜けた激しいものとなるかもしれない。

 だが恐れはない。

 純粋に応援をしてくれるベンチが、今の俺にはあるのだから。

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