第35話 中学、最後の大会前

 何度でも思う、中学時代の俺は性格が悪かった。


 中学三年の夏、最後の大会。

 県大会準決勝の二日前、俺はチームの主将である瀬川と言い争いをしていた。


「なんでスタメンで出てくれないんだよ、いい加減にしてくれよ!」

「だからー、最初からは出ないっていつも言ってるだろ。シックスマンがいいんだよ俺は」


 練習後の体育館で、鬱陶しいとため息を吐く。

 周りのチームメイトも、着替える手を止めて俺たち二人の様子を固唾を呑んで見ていた。


「準決勝だぞ! ここで勝てば、次は関東大会だ! 前大会で負けた雪辱を晴らすチャンスなんだぞ!」


 普段温厚な瀬川が、珍しく熱くなってまくし立てる。

 前大会は、惜しかった。

 俺はシックスマンとして、14点のビハインドの中第3Qで投入されたが、一歩及ばず。3点差までの追い上げも実らず、惜敗した。

 勝てない試合ではなかった。もう少し俺や、その他選手の交代が噛み合えば多分勝てていた。

 それだけにチームは言葉で言い表せないほどの悔しい思いをしたはずだ。


 はずだ、というのは俺自身に大した悔恨がなかったからだ。

 もちろん試合に負けたという事実は悔しいが、それで体力メニュー、基礎練メニューを倍にするといった部の方針にはうんざりした。

 なんで体力なんだよ、絶対あいつらに負けてたのは体力じゃない。顧問が指示する交代のタイミングだろ。

 体力も必要だが、ただでさえキツい練習をこれ以上キツくしても効率が悪い。

 体力メニューはバスケをする上で必要な基盤であって、スキルを直接向上させてくれるものじゃない。

 それなら普段の練習メニューを洗い直して、チームスタイルにあったメニューを組み立てる方がよっぽど結果に結びつくと思う。

 まあ、チームを想えばの話だが。


「負けた試合だって、お前が最初から出てりゃ多分いけてた! なんでお前はそうかたくなに出ない!」

「なんでって」


 ──それじゃ気持ち良くないだろ。

 俺がスポーツをする上で一番大切にしているのは、自分自身の楽しさだ。その楽しさは、試合で勝つこととかそういうものじゃない。

 どれだけ俺が、痛快なプレーができるか。

 どれだけ気持ちよくなれるか。

 気持ちよくなれなきゃ、スポーツなんてやる意味がない。

 スポーツなんて、突き詰めればただの娯楽なのだから。

 前回の敗戦で悔しかったことと言えば、俺が途中出場して逆転するというシナリオが描けなかったこと。


 ……だがこんな本心をチーム全員、後輩までもが見守る中で言うことはしない。

 面倒だから。


「しんどいんだよ。知ってるだろ、お前クラス一緒だし。シャトルラン100回だぞ、俺。体力ねえんだよ」


 常に速さが求められるバスケは、球技の中でもトップクラスに体力がモノをいうスポーツ。

 シャトルラン100回という、平均より若干上くらいの数字はバスケ部スタメンとしては不合格なのだ。


「だからシックスマンがいいの。言わせんなよこんなこと」


 これで話は終いと、俺は自分の荷物の下へ足を向ける。


 俺はこのチームが好きじゃなかった。

 強豪校という自負から生まれる、殺伐とした雰囲気。

 そんな中毎日繰り返される、キツい練習。

 練習についてこれない部員は次々と脱落し、それでも部員に恵まれるのは強豪ならではというところ。

 だから脱落した部員の数、ましてや顔なんて一ヶ月もすれば記憶から消える。

 廊下ですれ違った時、そういえばあいつもバスケ部だったなと思うくらい。

 俺が小さい頃に期待していたチームとは、あまりにかけ離れていた。


「嘘つくなよ。この時期までチームに残ってる時点で、シャトルランなんて最低120回はいく。桐生が手抜いて走ってたことなんて一目見れば分かる」


 体力がないなんて理由は、言い訳にもならないぞ。

 瀬川はそう付け足すと、目を細めて俺を見据えた。


「……シャトルランはな、まぁ手抜いたよ。でも俺が一試合丸々出る体力がないのはほんと」


 ぶっきらぼうに返事をする俺とは対照的に、瀬川は再び熱くなってくる。


「じゃあ体力が無くなってから交代しろよ! プレーの質が落ちてきたら交代する、それでいいだろ!」

「じゃあシックスマンって役割は誰に任せんだよ。シックスマンって出場時間以上に、試合の流れを変えることが重要だろ。俺以上に試合の流れを変えれるやつ、他にいんのかよ?」

「……それは負けてる時にこそ重要になってくることだ。お前が最初から出れば、負けが先行する試合は少ないんじゃないのか」

「それでも負けてる時はどうすんだよ。お前が出て流れが変わんのかよ」


 そこまで言うと、他のスタメンである二人が俺たちの言い争いを止めに来た。


「まあまあ瀬川、桐生のシックスマン論は今に始まったことじゃないだろ? 桐生の言うことも一理あるし、お前も熱くなりすぎだって」

「そうそう、それに今更桐生がスタメンとか俺らも変な感じするし。最後の大会なんだ、いつも通りいこうぜ」


 運動部は、実力がそのまま発言力に直結することは多い。

 このバスケ部は、強豪からかそれが特に顕著だった。

 バスケ部で一番強いのは、桐生陽介。

 このことが事実として部内に周知されている限り、こうして擁護する意見は絶えることがない。


 俺以外にも、たまに言い争いをする部員はいる。

 練習メニューへの意見、プレーへの批判。

 それらの言い争いを制するのは、大抵が強い方の部員だった。

 だが今回の瀬川は譲らなかった。


「今日が最後の練習になるかもしれないんだ。だから言わせてもらう。先週の試合で確信した、桐生はシックスマンよりスタメンの方が機能する」


 俺と瀬川を止めに来たスタメン二人は、怪訝な表情を浮かべる。

 瀬川が熱くなること自体が珍しいということもあるが、それ以上に言い争いでここまで食い下がることが珍しいのだろう。

 大抵、多勢に無勢となった瞬間に話は終わっていたのだ。


「試合に出ていないこそ、それまでの試合経過を冷静に分析してスタメンに伝える。多分それができる人って多くはないだろ。みんなも桐生の意見結構信頼してたしさ」

「前大会で負けたのは、顧問の判断が一歩遅かったからだしなー。桐生を次の試合に少しでも温存しようとして遅れたんだし。桐生自身は出たいって言ってたし、今大会は桐生のタイミングで交代していいって顧問も言ってる」


 スタメン二人は、完全に俺側の意見だった。

 何より勝利を優先するチームだからこそ、今まで一番貢献してきたであろう俺の意見に賛同している。

 俺はもうこの話はこれで終わりだろうと、練習着を脱ぎにかかった。


「待てよ」

「……? ほんと珍しいな瀬川、どうしたんだ今日」


 瀬川は俺の質問を無視して、続けた。


「俺と1on1しろ。勝った方がシックスマン。それで文句なしだろう」

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