第34話 中学時代のチームメイト

 放課後、俺は体育館ではなく先輩のいる教室へ足を運んでいた。

 俺たち一年と先輩たちの教室は、同じ校舎で階が違うだけだ。

 三階から一階へ降りるとそこはもう二年生たちがいる教室。

 扉を開くと、藍田が机の上に腰を掛けているのが目に入った。

 周りには誰も居ない。


 夏の始まりを知らせる蒸した風が藍田の黒い髪を撫ぜた。

 さらりと流れる柔らかそうな髪を耳にかける仕草一つに俺は思わず見惚れてしまい、扉の前で佇む。

 藍田は俺に気付くと怪訝そうに口を開いた。


「入らないの?」

「一人なのか?」

「そうね、見たとおり」

「まだ先輩たちはいないんだな」


 教室に入ると、自分の教室とは違った匂いがした。見渡すと、黒板の飾りだったり、細かい違いが多く見受けられる。

 同じ校舎だから、教室の構造も同じ様なものだろう。それなのに、自分の教室ではないというだけでこれほど雰囲気が違うなんて、と不思議に思う。

 見る人によって、同じ構造をした教室がそれぞれ全く違ったものに見える。

 ──それはなんだか、藍田に似ている。


 今目の前に腰を掛けている藍田は、普通の生徒にはこう見えることだろう。温厚で柔らかい雰囲気を併せ持ち、それでもその美貌により近づきがたい高嶺の花、と。

 だがその反面、冷たいという印象を持つ人も少なからずいるだろう。

 それでも教室に構造という共通点があるように、どちらの藍田にも共通点はある。

 最近は、それが少しずつ分かってきた気がしていた。


「今年の夏、桐生くんは何するの?」

「なに、藪から棒に」

「桐生くんが黙ってたから、話振っただけよ」

「そっか。……夏か。もし負けたら、部活ある日以外暇だよな」

「県に行っても、オフの日は大して変わらないと思うよ。オフの日とか、またどこか行きたいな」

「デート? 本気か?」

「私、鳥とか動物好きなの」


 そう言うと、藍田は隣の机に置いてあった鞄を俺に見せた。鞄には、目付きが悪い鳥のストラップが付けてある。怖い。


「この鳥、かわいいでしょ」

「う、うーん……」

「え?」

「まぁかわいい」

「だよね」


 一瞬キラリと眼が光った気がして、即座に掌を返す。灰色の羽毛に覆われた鳥はどう見ても怪鳥で、共感はできなかった。


「まあオフのことよりも、次の試合のことだろ。てか先輩たち遅くね?」

「遅くないよ。桐生くんには早めの時間教えただけだもの」

「なんだ、だからか。っておい!」


 そう言うと、藍田はペロリと舌を出して見せた。


「べ。生意気なこと言われた腹いせです」

「あざとい……」

「でしょ。桐生くんこういうの好きかなって」

「それ言っちゃ台無しだわ」

「あ、やっぱり好きだったんだ」


 藍田は短く笑う。

 その目は「単純だなぁ」とでも言いたげで、不本意ながら自分でも頷きそうになってしまった。


 どれだけ大人ぶってはみても、結局男は綺麗な女の子が好きなのだ。

 だから口元が緩みそうになるのは、仕方ないことなのかもしれない。

 それと恋愛感情は別のものだと割り切ってさえいれば、藍田とも上手い関係を築けると最近は感じていた。


 今の上手く付き合っている俺を見て、理奈はどう思うのだろう。

 それが少しだけ気になった。

 

 ◇◆


 来週の対戦校、千堂せんどう高校。

 過去に行われた千堂高校の試合ビデオを、俺たちバスケ部は眺めていた。

 テレビ画面の中で走り回る選手の中に、見知った顔があった。中学時代、身勝手な理由でシックスマンをしていた俺をたまに諭してきた元主将。


「瀬川」


 シックスマンであり、エースだと自分に酔っていた中学時代。

 又東高との試合で本当のエースを理解してきた俺にとって、あの頃は苦い思い出だ。

 そしてそれは、多分元チームメイト達にとっても同じ。

 瀬川をはじめとする元チームメイト達にとって俺がどういう奴に映っていたかは想像に難くない。


 ──中学最後の試合だって、俺がしっかりしてさえいれば。


「なんだ桐生、知り合いか?」


 清水主将の声で、想起から引き戻される。画面の向こうでは、瀬川がフットワークの軽い動きで相手を翻弄していた。


「はい。俺の元チームメイトです。主将でした」

「桐生がいたチームの主将か。そんな奴がいるなんて、さすが県大会常勝校だな」

「でも、実力では勝ってたんでしょ?」


 戸松先輩が訊く。俺にというより、場に投げかけるような質問だった。

 藍田はその問いに大きく頷いた。


「はい。私の中学は桐生くんの学校と、僅差で争う場面もありました。でもシックスマンの桐生くんが出てきた途端、ぐんぐん点差が開くんです」

「……味方でよかったぁ」

「ですね、同感です」


 戸松先輩は安堵の表情を浮かべる。


 俺は気恥ずかしくなり、窓の方向へ視線を逸らした。

 ……逸らした途端、タツと目が合う。ニヤニヤしているタツに、思わず顔をしかめた。

「なんだよ」

「いやー、ね? よかったな、バスケ部のマドンナ達に褒められてさ」

「は、うっせ」

「なーに照れてんだよ、素直に喜べっつの」

「この微妙な距離じゃ反応しづらいんだよ」

「またまた〜」


 からかってくるタツを無視して、試合を眺める。

 瀬川も上手いが、エースというわけではなさそうだった。全員に満遍なくボールが行き渡り、全員が同じ程度点を取る。

 爆発的な力を持ったエースこそいないものの、レギュラー全員に穴がないというのはかなり厄介だ。


「この前までとはレベルが違うな。さすが県大会レベルってとこか」


 清水主将が厳しい声を出す。分かっていたけれど、と言いたげだ。


「まともに当たって点をもぎ取れるのは、桐生くんしかいなさそう。藤堂くんの足でパスの中継を何とかこなしてもらって……」

「それだと、ほとんど又東高との試合と同じだ。もう準々決勝なんだ、さすがに相手も試合くらい見てるだろう」


 戸松先輩の分析に、清水主将は首を振った。


「さすがに桐生も、このレベルからダブルチーム食らったら厳しいよな?」

「正直、微妙です」


 投げかけられた質問にそう答えると、清水主将は驚いた反応を見せた。


「す、すみません」


 思わず謝ると、清水主将は目をぱちくりさせる。


「いや、すみませんじゃなくて。このレベルの高校からダブルチーム食らってまだ微妙とか言えるの、まじでこの県じゃ桐生だけだわ」

「とりあえず、桐生にボール集めるスタイルはこのままでも良さそうですね」

「まあ、ぶっちゃけ今の戦力でやれることっていったら限られてるしな。妥当な結論だ」

 テレビから試合終了を知らせる笛の音が聞こえる。


 91-32。

 圧倒的なスコアが、教室の空気を重くした。


「……相手も、弱小校ってわけじゃない」


 掠れるような声で、戸松先輩は呟く。

 事実、千堂高校の相手校は去年の北高に一度も負けたことはない中堅チームだったと聞いていた。


「よし、ミーティングはここまでだ。今は、俺たちができることをやるしかない」

「練習ですか」


 タツ、藤堂が気合いを入れるように立ち上がった。

 二人とも今しがたの結果から奮起するように、肩を張っている。

 しかし清水主将はニカッと笑って、

「いや、寝る。解散! 各自しっかり休むように!」

 と言った。


 又東高校との試合からまだ一日。主将の疲労の溜まった身体を休めるという判断に、俺も心の中で頷いた。

 思わず俺も練習への気合いが入っていたので残念な気持ちは多少あったが、それ以上に冷静な判断がありがたい。


「思ったんだけど、桐生くん」


 皆んなが教室から出て行く中、藍田は俺の側へ移動してきていた。


「桐生くんに似すぎじゃない? 瀬川っていう人。相手を揺さぶるタイミングも、シュートまでの踏み込むタイミングも。ドリブルのリズムだって、そっくり」


 ──それは、普通の人なら気にも留めない些細なことだった。

 にも関わらず、藍田の表情には影がかかっている。


「よく一緒に練習してたから、似たんじゃないか?」


 当たり障りのない返事をする。


「ふうん」


 いやに暖かい風が、俺たちを撫ぜた。

 藍田の全く信じていなさげな声色が印象的だった。

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