第27話 公式戦
「北高、集合!」
ざわざわとした喧騒の中、よく通る声が北高男バス部員に呼び掛けた。
声の方へ向くと、マネージャーである二年生の戸松先輩が清水主将とともに佇んでいる。
──地区大会当日。
会場となった南嶋高校の体育館は北高のそれと大体同じくらいの広さだが、人口密度が高い分息苦しく感じる。
今日試合をする多くの学校がこの会場に来ているため、色とりどりのユニフォームが視界に入る。
北高のユニフォームは紺色を基盤にワイン色のラインが入っていて、背番号は白色。
これが結構俺好みで、思わずテンションが上がる。
背番号は、中学の頃と同じ9番にしてもらった。
今はシックスマンではないが、何となくこの番号がしっくりくる。
「注目」
戸松先輩は手を鳴らして、部員の注目を促した。
「顧問の高橋先生はちょっと遅刻してくるそうです。ご老体なので、みんな許してあげてね」
戸松先輩がパチりとウインクをすると、小さな笑いが起こった。
「今日の相手は、この会場を貸してくれてる南嶋高校です。最近の実績は二回戦止まりなので、私たちと同じ程度の実力です」
「そう。でも、それは今までの話だ」
戸松先輩の言葉に、清水主将が重なる。
いつもより少し硬くなった声が、今日の試合が公式戦であることを如実に語っているようだった。
「俺たちのチームは、その、結構強くなったと思う。数こそ少ないけど、新入生はみんな有望で。だからスタメンは二年より一年生の方が多いわけだけど」
清水主将はそこで一度言葉を切り、半円を見渡した。
視線が止まる先にはスタメンであるタツと藤堂、そして俺がいる。
俺たち一年は手を後ろに組んで、主将の言葉に耳を傾けている。
金髪を黒く染めてきたタツはワクワクしている様子で、それに対して藤堂は澄まし顔をしているようで目線が定まらない。
「──だから、二年にはちょっと申し訳ないとか思ってみたり。でもやっぱスタメンは学年より、強さで決めるべきだと思う。お前ら、割と勝ちたいだろ?」
清水主将は二年に問いかけると、皆がニヤリと笑った。
問いかけに真っ先に答えたのは、副主将である田村先輩だった。
「ここに一年がスタメンに入ることを不満に思うやつなんかいないよ。みんな少しでも、この部活を続けたいって思ってるんだから」
田村先輩の言葉に、部員が口々に同意した。
一年がスタメンになることを良く思わない上級生がいる様子はない。
……改めて良いチームだと、心底思った。
「おっしゃ! じゃあ俺が言うことはあと一つだけだ!」
清水先輩は大きく息を吸う。
選手たちは次の言葉を察したように顔を上げた。
「勝つぞ、お前ら!」
使い古された人を鼓舞する言葉が、大会前にはよく心に響く。
こうした鼓舞が、全員の気持ちを一つに纏め上げるのだ。
──このチームで勝ちたい、と。
◇◆
「桐生くん、今日の調子は良さそう?」
試合直前、念入りにバッシュの靴紐を結んでいると藍田が声をかけてきた。
髪は、また後ろで括っている。
ウォーミングアップの最中から南嶋高校の視線をチラチラと感じたほど、藍田はここにいるどの選手たちよりも目立っていた。
藍田自身はそんな視線を知って知らずか北高選手全員に笑顔を振りまいたが、今は特に良い笑顔を俺に向けている。
「スコアボードは私が記入するから、1
藍田は首に紐でかかっているスコアボードを指差す。
その仕草は中学二年時に藍田と出会った時のことを彷彿とさせた。
今から始まる試合は、多分あの頃と比べて何段も質が落ちたものなのだろう。
だが、だからこそ。
この試合で新しく見えるものもあるに違いない。
「そっか、なら安心かな」
頭の中で纏まり切らない言葉を何とか紡ぎ出して、俺はベンチから立ち上がった。
「ねぇ、それって私がスコアラーだと困るってことかなぁ」
脇腹に鈍い痛みがして振り返ると、こめかみをピクピクとさせた戸松先輩がユニフォームに俺を
「いて、痛い! 違いますよ、今のはちょっとあまり考えずに返事してたっていうか!」
「え? そうなの?」
次に藍田が大きな目を座らせる。
口は災いの元だと言うが、今日は口がよく滑る。
「ま、まあとにかく! 最初は様子見で行くわ!」
二人から逃げるようにコートへ走った。
僅かにあった緊張も、今のやり取りで吹き飛んだ。
もしかしたら、マネージャーなりの気配りだったのかもしれない。
審判から笛で促されコートの中央で整列すると、北高と南嶋高のスタメンが向き合った。
相手の背丈は……平均すれば大体北高と同じといったところか。
南嶋高の面々も緊張している様子だ。
「よろしくお願いします!」
久しぶりの公式戦。
練習試合の挨拶とは、気持ちの入り方が違う。
負けたらそこで大会が終わるというトーナメント形式。
例え全国大会常連校だとしても、地方大会の一回戦で負けたらそこで大会は終わってしまうのだ。
挨拶を終えて整列が捌けると、俺と南嶋高の4番だけがセンターサークルに残っていた。
バスケの試合は、このセンターサークルでのジャンプボールから始まる。
俺はチームから、最初のジャンプボールを任されていた。
北高で差が一番高いのは副キャプテンである田村先輩。
だが相手の背が低いこと、そして戸松先輩の提案により初戦のみ俺が跳ぶことになった。
「皆んなの気合いを入れてきて!」とのことだ。
その言葉は、少なくとも今の俺を熱くさせるものだった。
審判の手から、ボールが離れる。
下半身にグッと力を入れる。
ボールが上がりきってから跳ばなければ、触れることはできないだろう。
──今。
下半身に溜めた力を上半身に伝え、そして頭上に解放するイメージで。
宙に浮いた身体で、俺は今日の調子を悟った。
即ち、絶好調。
負けるなんてあり得ない。
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