第21話 想起 〜理奈side1〜

 私は、陽介あいつの幼馴染。

 幼馴染のことが好きかって質問されたら、迷わず好きだって答える。

 それは彼女になりたいってことかと質問されたら、首を捻る。

 恋愛面で好きなのかと質問されたら、小一時間ほど悩んでしまう。


 よく告白した、されたという話を友達から聞く。

 仲良い男友達に告白して、告白されて。

 でもそれまでお互いが恋愛目線で接していた訳ではなくて。


 「これからも仲良い友達でいてね」なんて空虚な言葉を最後に、二人は話さなくなる。


 もしもの話だけど。

 私とあいつにそういう場面が訪れたとしても、きっとまた私たちは笑って過ごせるんだと思う。

 物心ついた時から知っていて、バスケをすれば毎日泥んこになりながら遊んでいた。

 中学の時のあいつのことは、あまり知らない。

 あの変な女にデレデレして、私なんて眼中にないみたいにずっと話し合ってて。

 私だって同じ会場にいたのに。

 別に嫉妬しているわけじゃない。ただ、あいつが私のところに来ないのに腹が立つだけ。


 ……これってやっぱり嫉妬だろうか。

 よく分からない。


 私だって、自慢じゃないけど結構告白される。

 でも仲良い男友達に告白されても、今まで全て断ってきた。

「他に好きな人がいるの?」

 そう訊かれたこともある。

 私の返事はいつだって同じ。

「ごめん……分かんない」


 それでも頭に浮かぶのはいつもあいつの顔だった。

 物心ついた時から一緒にいると、そういう恋愛感覚に少し疎くなる。

 あいつはどうか分からないけど、少なくとも私はそうだ。


 一度、朝起こしに行ったこともあったっけ。

 確か、胸を触られた。

 不可抗力ではあったけど、初めて男に胸を触られた。

 あいつに悟られないように必死だったけど、恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。

 すごいドキドキした。

 あいつの顔も真っ赤だったし、多分同じ。


 幼馴染は、お互い恋愛感覚に鈍いかもしれないけど。

 少なくとも、ドキドキはするんだ。

 そう思うとなんでか嬉しくなって、胸を触られたことくらいケロッと許してしまった。

 調子に乗って変な目線で見てくるかもって、ちょっとだけ警戒したけど。


 その後は、男バスと試合したっけ。

 ……うん、楽しかった。

 この付近のレベルだと、私についてこれる人ってほとんどいない。

 あいつは知らないだろうけど、これでも全中で注目された選手だけを集める雑誌にだって載ったこともある。

 主将もかなり強いけど、やっぱり私から見ればアドバイスしたいところかなりあるし。

 あいつもいるし、バスケもそこそこ強豪だから北高に入ったけど、やっぱり少し物足りない。


 ……こういう気持ち、口にすると「性格悪いね」って言われちゃう。

 私は言われたことないけど、中学の頃同じようなことを言ったチームメイトは、それでグチグチ言われてた。

 人間関係って面倒だなあって思う。

 私のことを誰とでも仲良くなれる人って勘違いする人、よくいる。

 陽でさえ、きっとそう思ってる。

 うん、ありがたいことだけど。

 八方美人ってだけで、実は本当の友達って感じの子はそんなに多くない。


 だから私は、あいつといる空間が大好きだ。

 気を遣わず、なんでも話せて、どれだけバカなことを言ってもちゃんと反応してくれる。

 たまに無視されるけど、あれも一種の反応みたいなものだ。

 それでいて、これからずっとこういう関係が続くんだろうなあと安心できる。

 告白したされたでこの関係は壊れないし、壊させない。


 ──でも今、ちょっとピンチだ。


 藍田奏。

 藍田さんが、あいつと付き合うことになったらしい。

 さすがに頭がクラッとした。

 あいつは藍田さんのことを、今は嫌っていると言っていた。

 その後私が「あんたはそんなに簡単にあの人のことを嫌いになれないわ」と言ったら、あいつは押し黙った。

 分かってたけど、否定してほしかった。

 家に帰って、お風呂に二時間も入った。

 警戒していたつもりだったけど、甘かった。

 体育館裏で起こることを、私なら防げたはずだった。

 あいつには怒ったけど、実は私もちょっと油断してた。

 最近またあいつといっぱい話すようになって、藍田さんも大きな行動は起こさないだろうって。

 そもそもあいつに元気がなくなった理由が藍田さんだという確信があったなら、絶対にあいつが立ち入らない時間、場所を決めるべきだった。

 二時間たっぷり後悔して、私は浴槽から出た。

 お風呂から上がる頃には、もう全身ふやふやだった。


 中学のころは藍田さんに対して、あいつとずっと喋っていること以外は別に何も感じたことはなかった。

 『高嶺の花』なんて言われてるけど、それはただ男子と話さないからだけで。

 男子は本気で呼んでる人も多いけど、女子の間では馬鹿にしたニュアンスも含まれていた。

 グループの中で、「澄ましてるよね」なんて嫌味、何回飛び交ったか。


 そういう時決まって私は話題を逸らした。

 注意をしたこともあったが、愚痴で盛り上がっている空間にそういうことを言うのは、空気を読めていないことだと学んでいたから。

 せめてもの抵抗で私は愚痴に参加しなかった。

 愚痴を言うと、自分が藍田さんより下だって言ってるみたいで嫌だった。


 一度、藍田さんのグループと私のグループが一緒にお喋りしたことがあった。

 内容も覚えていない、他愛もない話。

 私のグループは藍田さんを嫌っている人が多かったのに、仲良く笑い合っているのを見て怖いなって思ってしまった。

 それを知りながら笑う私も、怖い。


 そしてまた誰かの悪口が始まった。

 なんでみんなこんなに悪口が好きなんだろう。

 今度は、藍田さんが告白された男子の話。

 一瞬あいつのことかと思ったけれど、話を聞くうちに違う男子だと思ってホッとした。

 藍田さんのグループのガラが悪そうな女子が率先して話していて、ケラケラ笑っていた。

 多分、かなりの部分がでっち上げ。

 話を聞いていたら、いくつか矛盾点があったのでそう確信した。

 意外だったのは、藍田さんもそいつに合わせて笑っていたこと。


 男子と全く話さないくせに、こういう話はするんだね。

 嫌なやつ。

 自分のことを多少棚に上げているのは分かってるけど、あいつと仲が良いと思うと無性にイライラした。


「あんまり、人にあらぬ噂を押し付けないほうがいいわよ」


 思わず藪から棒に声を出してしまった。

 それまで築き上げてきたものがなかったら、多分私はすごい損をしてたと思う。


◇◆


 中学三年の秋、その日は赤とんぼが飛び交っているのが印象的だった。

 私の学校に、なんでかあいつがいた。

 声をかけようと思ったが、久しぶりで少し恥ずかしくて。

 でもやっぱり声をかけようと、私はその背中を追い掛けた。

 あいつは携帯を見ながら校舎に入り、階段を上がっていった。

 何の用か少し気になって、私は声をかけるのを待って付いていくことにした。


 屋上だった。

 その日は、いつも入り口にあるはずの立ち入り禁止の看板がなかった。


 こんなところに何の用だろう。

 私はそう思ってドアノブに手をかけた。


「桐生くん。久しぶり」

 その声は藍田さんだった。

「おう、おひさ」


 あいつの緊張した声で、私はそれから何が起こるかを察した。

 なんだかとても悔しかった。

 勝手にライバル認定していた藍田さんに、幼馴染を取られるなんて。

 私は別に、付き合いたいなんて願望はなかったけれど。

 藍田さんとあいつが付き合うのは、悔しい。


「好きです」

 あいつのその言葉を聞いた時、胸が激しく痛んだ。

 たった四文字に、私の心は醜い感情に支配された。

 なんで、どうして。

 よりにもよって、藍田さんなの。

 他の女子なら、あいつが幸せならそれでいいけど。

 あの子だけは、どうしても嫌だったのに。


「ごめんなさい、友達としか見れません」


 わずかな沈黙の後に聞こえたその言葉に、私は歯を食いしばった。

 あいつは多分、すごくショックを受けている。

 それなのに、それなのに。

 こんなに胸が軽くなるなんて。

 なんて、嫌な女。最低だ。


 その後の二人の会話は、何を話していたのか分からない。

 もしかしたら何も話していなかったかもしれない。


 近づいてくる足音にハッとして、私は側にあった掃除用具入れの中に隠れた。

 中にはモップが入っていて、ちょっと臭かったけど。

 信じられないくらい落ち込んだ気持ちになっていた私には、その狭苦しい空間は少し落ち着くものだった。


 最初に出て行ったのは、あいつ。

 足音から察するに、やっぱり相当応えてる。

 ……あとでメールしてあげなきゃ。

 何気ないメールで、少しでも考える時間を減らしてあげないと。


 藍田さんはまだ出てこない。

 身動きをとったら大きな音が出そうで、私はジッと佇む。

 声が聞こえた。


「付き合うとか、ありえない」


 心臓がドクンと跳ねる。

 次に紡がれるかもしれない言葉に、私は全神経を注いだ。


「身の程を知ってよね」

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