第14話 俺にとっての

「がー、男臭い」


 放課後、バスケ部の部室でタツは大口を開けて文句を言った。

 そう言いたくなる気持ちもわかる。

 六畳程度の広さに、実に十人もの男子が着替えをしているのだ。


「贅沢言うな、一年三人だけを外で着替えさせるのが可哀想だから入れてやってるってのに!」


 いつもタツに練習を教えている、副主将の田村先輩が頭を叩いた。


「ってぇ! 何するんですか先輩!」


 タツはテカテカに光る金髪の頭を抱える。

 しかし次の瞬間にはキラキラとした目で田村先輩を見上げた。


「先輩、今日1on1大会するらしいっすね!」

「あー、らしいな。今のチームになってからするのは初めてだから楽しみだわ」


 ぶっきらぼうにも思える口調の裏側にいつも優しさが感じられる田村先輩は、特にタツと仲が良い。

 田村先輩はその強面の顔と高い身長が合わさって、初対面の時は少し怖いイメージを抱いたが、やはり第一印象はアテにならない。


「なあ清水、お前も楽しみだろ?」


 田村先輩の問いに、清水主将は「おうよ!」と返事をした。

「だから桐生、手加減とかすんなよな。みんなお前と当たるの楽しみにしてるみたいだし」


 横から清水主将に肩に手を置かれる。かなり大きな手だ。


「本気出せよー?」

「はい、もちろんです」

「げ、ほんとに本気出すの?」

「どっちですか」


 部室で小さな笑いが起こる。

 清水主将は時々こうして俺に話しかけては、その度に部に笑いを起こしていた。

 最初仮入部で出会った時はおちゃらけた人が主将なのかと生意気にも思っていたが、今そんな思いはどこかへ吹き飛んでいる。

 中学時代は友達が多いというより、どちらかといえば孤立していたような俺だったが、そんな俺にも隔てなく接してくれるのだ。

 今のこの部の雰囲気を作っているのは間違いなく清水主将だろう。

 実力で引っ張る主将もいれば、こうして部員の雰囲気を楽しいものへとさせる清水主将のようなタイプもいるのだと最近気付いた。

 何よりも実力が全てだった中学のバスケ部とは大きく違う。

 あの頃の俺は結局のところ、本当に自分のことしか考えていなかった。

 中学校時代最後の、関東大会出場の掛かっていた試合を思い出す。

 ──今のチームのように、好きになれるようなチームだったなら。

 結果は、変わっていたのだろうか。

 チームより自己満足を優先し、シックスマンをしていたあの頃。


「なーに暗い顔してんだよ! 大丈夫、俺が胸貸してやるからよ!」


 清水先輩は軽く笑い飛ばして部室から出て行った。


「胸貸すのは桐生だろうが……」


 田村先輩は呆れたように清水主将の後ろ姿を眺める。


「ま、もし対戦したら俺には手加減してくれよな」


 嫌味なくそう言って、田村先輩も大きな身体を少し屈めて部室から出て行った。

 部室に残された部員は俺とタツ、そして藤堂だけになる。

 藤堂は前髪を指で摘みながら口を開いた。


「桐生とタツって、どこのポジション目指してんだ?」

「俺はセンター以外ならどこでもいいかな」

「俺もー」


 俺の答えにタツが同意する。


「へえ、じゃあ俺たち一年生でポジション争いすることもあるかもな」


 藤堂がニヤっと笑った。


「まあところでさ、恋話なんだけど」


 随分唐突に話を変えるタツに、藤堂は眉間にシワを寄せる。

 話題転換が唐突すぎて、藤堂の反応も無理ない話だ。


「桐生ってやたら藍田と仲良いよな。あいつといつも話すような男って桐生くらいしかいないんじゃないか?」

「好きだったりしてなー」


 藤堂が興味無さそうに発言する。

 自分が作った話の流れをタツにぶった切られて、少し不機嫌そうだ。


「まじか、その可能性もあっちゃう!?」


 タツはイイなー! と転げ回った。

 ……まさか。それは絶対にないと思う。

 だが俺は勝手に良い方に解釈してくれるタツと藤堂に、違うと言うことはしなかった。

 こういう見栄っ張りところは昔から変わらないな、と自分に嫌気がさす。

 だけど身体を動かしている間は、バスケをしている間だけは。

 そんなダサい自分から、解放されたような気分になれるのだ。


「行くぞ、桐生」

「おう」


 藤堂に応じ、部室を出る。

 春に似合わないカラッと乾いた風が、俺を迎えてくれた。

 転げ回っているタツは置いて行ったが、後悔はなかった。


 ◇◆


「揃ったね、みんな!」


 戸松先輩と清水主将を中心にできた部員たちの半円は、いつもより騒がしい。

 1on1大会ということで少し興奮しているのだろう。

 こんなに少ない人数で大会というのも少し大げさだが、こういうのは雰囲気が大事だ。

 普段の練習とは違うということさえ分かれば、それでいい。

 戸松先輩が1on1の組み合わせを書いたボードを部員に回していく。

 ボードを見ると、どうやら一回戦はオフェンスとディフェンスの一回ずつの勝負のようだった。


「はいはい、注目! 一回戦はどちらかがゴールに一本入れたほうが勝ち! 引き分けは両方敗退。これだと次に残るのは数人しかいないでしょうけど、皆んな頑張ってね!」


 戸松先輩が手を鳴らしながら説明する。


「それじゃ一瞬で終わっちゃうじゃないですか!」


 そりゃないぜ、という口調で言うタツを藍田がたしなめた。


「大会っていっても、あくまで練習メニューの一貫だからね。あんまり時間とっても効率悪いし」

「なんだそういうことか。藍田さんが言うならそういうことなんだな」


 一瞬で抗議を引っ込めるタツに小さな笑いが起こる。


「おっしゃ、気合い入れていくぞ!」


 清水主将の掛け声に皆んな大きな声で返事をする。

 ボードを見る限りポジションなどはバラバラ、本当にランダムで組み合わせたようだがそれに対する不満の声は一切ない。

 部員皆それぞれが、全員と対戦したいかのような反応を見せていた。


「桐生君は勝ち残った人とね!」


 横から戸松先輩に肩を叩かれる。


「いいんですか、俺だけシードなんて」

「これくらいがちょうどいいのよ」


 そう言うと戸松先輩はボードを俺の胸にトンと当てた。


「だから、本気出してあげてね?」


 戸松先輩はニコッと笑うと、藍田に笛を渡しに行った。


 ◇◆


 藍田が鳴らす笛に、それぞれのゴールエリアで一斉に1on1が開始される。

 身長差が大きい組み合わせもあるが、特に顕著なのが副主将の田村先輩とタツのマッチアップだった。

 部内で身長が一番高い田村先輩は180センチ以上ある体格で、対するタツは160センチ程度。

 ここまで身長差があれば、少しでもディフェンスが離れた途端にシュートを撃たれてしまう。

 だがタツのディフェンスは、そうさせなかった。

 タツは笛と同時に田村先輩に身体に接触しそうな勢いで果敢に食らいつき、ドリブルはおろかピボットすら自由にさせなかったのだ。

 ピボットはバスケにおいてとても重要な動きで、片足を軸足にしてボールをキープするもの。

 通常はこのピボットによりシュートコース、パスコース、ドリブルコースなどを模索するのだが、タツは田村先輩にそれを一切させない。

 結果、田村先輩は無理やりドリブルしようとボールを腰元に下げてしまい、その瞬間ボールをカットされた。


「うわ、タツくんやるなあ」


 女バスコートと男バスコートの境界線近くで観戦している俺に、理奈が感心したように話しかけてきた。

 女バスは休憩中のようで、理奈の額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「だな、元々ハンド部だからってだけでもなさそうだ」

「あんたもウカウカしてると抜かされちゃうかもよ?」


 理奈は愉快そうに笑う。

 そんな理奈お墨付きの有望株のタツは、攻守交代でオフェンス側になる。

 オフェンスになった瞬間、タツは体格差にもろともせずドライブした。

 しかし田村先輩は大きな身体で行く先を阻み、その結果タツは抜ききれていない状態でシュートを構える。


「あちゃ!」


 理奈が手を額に当てた。

 悪手だ。高く飛び上がる田村先輩の上を越すシュートは、タツの身長では難しい。

 しかし俺たちの予想を裏切り、タツはボールを再び降ろした。

 シュートフェイクだ。

 それにより田村先輩のブロックは空振りに終わり、シュートコースが確保されたタツは難なくゴールを決めた。

 この1on1は、タツの完勝だった。

 

「わ、タツくんすごい!」


 理奈も素直に驚いた様子だ。

 確かに、とてもバスケ部に入部して一ヶ月足らずの動きとは思えない。

 身長差に怯まず食らいつくタツは、試合で予想外の局面にも柔軟に対応できそうだ。


 ──そして、他のマッチアップもほとんど終わっている中、一組だけ続いている組み合わせがあった。

 主将の清水先輩と、一年の藤堂だ。

 今は藤堂がオフェンスで、清水先輩をドリブルで翻弄している。

 基本的な動きはもちろん、バックドリブルなども駆使する藤堂はかなりドリブルスキルが高い。

 藤堂は清水先輩を簡単に抜き去ると、悠々とゴールを決めた。


「お前、よく藤堂からバックチップしたな」


 俺の言葉に、理奈は眉を顰めた。


「あぁ、あれ? そもそもバックチップなんて、不意をついてなんぼの技でしょ。油断してたのよ、あの人は」


 ていうか女子だからってナメてた、と理奈は指を噛む。

 理奈は普段女子扱いしないと怒るくせに、運動であからさまに手加減されると機嫌が悪くなる。


「難しいやつだな、お前」

「なによー仕方ないでしょ」


 理奈は膨れ面するが、俺越しに近付いてきた足音の方へ目を向けると途端に表情が硬くなった。


「桐生くん、次藤堂くんとのマッチアップだよ」


 ──藍田だ。


「……藍田さん」

「あ、香坂さん。どうしたの?」


 理奈は何か言いたげに口を開くが、思い留まったように再び閉じる。


「……そろそろ、練習再開だから」


 そう呟くと理奈は女バスのコートに戻っていく。

 二人の間に、いつにも増して不穏な空気が流れた気がして、思わず喉を鳴らした。


「なんだったんだろうね、香坂さん」


 藍田は理奈の後ろ姿を眺めながら、微笑んだ。

 いつも通りの柔らかい口調が、今は少し不気味に思えた。

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