第8話 VS女バス!?

 北高の男バスは二年は七人、一年は三人と比較的人数は少ない。

 かといって、ギリギリ試合はできる人数なのにわざわざ女バスと練習試合をするとはどうしたことか。


「まあ単純に、女バスのほうが強いからな」


 清水主将キャプテンの言葉に、先輩たちも同意する。


「たまに練習試合するけど、一回も勝ったことないよな」

「まあ向こうに合わせて、ボールを一サイズ小さい六号球でやってるからっていうのもあるけど」

「普通にやっても負けるだろうし、言い訳ができる分そっちのほうが都合はいいけどな」

「だよなー」


 先輩たちの会話を聞くに、女バスとの試合は半端諦めているようだった。


「今日は二年生と一年生の混合チームで挑むつもりなんだけど、誰か出たい人いる?」


 戸松先輩の提案に、一年同士顔を見合わせる。

 一年生は俺とタツ、中学の時バスケ部だったという経験者の藤堂聡とうどうさとし

 俺の身長は175センチ、タツは160センチ程度、藤堂は170センチ程度だろうか。


「桐生が出たら? 上手いし」

 タツは提案してくる。

「いや、俺はいいや。ちょっとみんなの試合が見たいから」

「でもうちの女バスって全国目指してるんだろ? 女子に負けるの嫌だなあ」


 タツが弱気な発言をすると、横にいた藤堂が名乗りを上げた。


「それじゃ、俺が出ようかな」


 藤堂は今週行われた50m走で学年一位を取ったらしく、陸上部に来ないかとかなりしつこく勧誘されたらしい。


「やりたいことがあるから」とのことで、今日の試合への意欲で言えば三人の中で一番あるだろう。


 戸松先輩は快くオーケーを出すと、二年のオーダーを決め始めた。顧問が素人の男バスは、基本的に自主的に練習メニュー、オーダーも選手が自分で決めるらしい。

 とりあえず一年生は、試合まで自主練ということになった。


◇◆


 試合の時間が近付くと再び集合の号令がかかった。

 今度は清水主将の横に女バスの主将もおり、男バスと女バスが同じコートに集まる。

 女バスの人数は男バスの三倍ほどおり、少し肩身が狭い。

 第一、いくら女バスが強いからといって力だけでいうなら男子のほうが強いのだ。実力の劣るチームが加減をするという、何とも不思議な試合になりそうだった。


「よーし男バスのみんな、今日こそは女バスに勝つぞ!」


 清水主将の言葉に、女バスの主将は息を吐いた。


「清水、今年のウチは特に強いよ。とても試合になるとは思えないけど、それでもやるの?」

「うちだって今年は強いですよ! いい加減毎回ダブルスコアで負けてたら、男子の威厳が丸つぶれだからな! 今日は勝たせてもらいます!」

「あー、分かった分かった。いつも通りパワープレーはなし、リバウンドは一番近くにいた人のボール、2ピリオドで一試合。それでいくからね」


 清水主将の勢いをサラッと流すあたり、二人は結構仲が良いのだろう。

 清水主将が敬語を使っているのは、女バスの主将が三年生だからだ。良い成績を常に残している女バスは、まだ三年生が引退していない。


「それじゃあさっき発表したスタートメンバーはコートに入ってね」

「男バスも同じ感じで」


 主将たちの指示でスタメン以外コートから出ると、コートには女バスのスタメンとして理奈が残っていた。

 レベルの高い女バスでも、全国大会を経験した理奈はやはり他のメンバーを抑えて試合に出るようだ。

 ベンチにいる俺に気付くと、理奈は不思議そうな顔をした。


「陽、あんたそこでなにやってんのー? はやく出てきなさいよー!」


 分かっていたことだが、男バスと女バス全員がいる中で臆面もなく大声で呼びかけてくるあたり、こいつに羞恥心というものはほとんどなさそうだ。


「俺は出ないよ、見てるだけ!」


 仕方なしに叫び返した俺に、理奈は「はい!? スカしてんじゃないわよー!」と罵倒してくる。


「なになに、あの子達やたら仲良いじゃない」

「付き合ってるのかな」


 女バスサイドのベンチがざわつき始める。

 一方男バスのベンチでは「見せつけやがって」「よし、あの子を集中マークだ」といった情けないコメントが飛び交った。


 試合はジャンプボールはなく、女バスからのコート外からのパスで始まる。

 審判は女バスの顧問の先生で、この試合を止めないあたり少しおかしいと思う。


「ねえ、桐生くん」

「ん?」


 横を見ると、いつの間にか藍田が隣に来ていた。

 試合中はマネージャー用のベンチがあるはずだが、何の用だろうか。


「戸松先輩、桐生くんが強豪校にいたこと知らなかったみたい。先輩呼んでるから、一緒に行こ」

「え、今? もう試合始まりそうなんだけど」

「いいからいいから。ね?」


 そう言うと藍田は俺に手を差し出し、促してきた。

ベンチから立つだけで手を借りる必要なんて全くないのに、目の前に差し出された手を握ろうか逡巡する。


「わかった、行く行く」


 そう返事をすると、手は借りずに立ち上がった。

 やはり周りの目もある中で手に触れるのは恥ずかしい。

 中学時代、いくら藍田と仲が良かったからといって手を握ったことなんて一度もなかった。

 いくら今またこうして話せる仲になっているとしても、再び強く意識してしまうようなことは避けたかった。

 まあ、些か勿体無いことをしたとは思っているのだが。


「通り過ぎたよ、桐生くん」


 袖をクイッと引っ張られると、マネージャー用のベンチを通り過ぎて女バスのベンチへと進んでいたことに気づく。

 思考を巡らすと周りが見えにくくなるのはいつものことだが、藍田のことでは特にそれが顕著だ。


「ああ、ごめん」

「もう、しっかりしてよ」

 藍田はクスっと笑った後、戸松先輩に俺の到着を知らせた。


「あ、来たね桐生くん!」


 戸松先輩はポンポンと座っている隣を叩き、俺と藍田の着席を促してきた。

 席に座ると戸松先輩、藍田に挟まれる形になり、思わず体が硬くなる。


「桐生君ってさ、県大会常連の中学だったってほんと? しかも中二の時は関東大会までいったって聞いたんだけど」

「え、まあそれは確かにそうですけど」


 俺はシックスマンでしたよ、という言葉は藍田のよって妨げられた。


「しかもチームの中で一番上手かったです」

「とまあ、藍田さんはべた褒めなわけですよ」


 ムフフンと嬉しそうに笑う戸松先輩は、いつの間にか始まっていた試合を全く見ていない。

 ちょうど藤堂の3Pシュートがリングに弾かれたところで、女バスは速攻をかけて得点を入れた。


「戸松先輩、その話はまた後でいいですか? ちょっと試合見たいので」

「あーもう釣れない! ここまで言ったら何が言いたいか分かるでしょうに!」


 戸松先輩は自分の膝をパシパシ叩いて、俺の察しの悪さへの不満を表す。

 いや、まあ察してはいるのだが。ただ気が乗らないだけだ。


「つまりね、この試合に出てプレーを見せてほしいの!」

「嫌です」

「何で!?」


 即答する俺に戸松先輩は仰天する。まさか断られるにしても、即答はないと思っていたのだろう。


「女子となんて試合できませんよ。こっちが思い切りプレーできないじゃないですか。楽しくないスポーツ、したくないんですよね」


 スポーツは自分が気持ち良くないとやる意味がない。それが今までの俺の持論だった。

 だから中学時代はずっとスタメンを断りシックスマンとして試合に出ていたし、自分の投入で試合の流れを変える瞬間を最高に楽しんでいた。

 それで多少チームメイトから反感を買ったとしても、スタンスを変えることはしなかった。


「でも桐生くんの技量なら接触なしに思い切ったプレーもできるでしょ?」


 藍田のフォローに、戸松先輩は目を輝かせて賛同する。


「そう、できる! 桐生君の技量なら! だからお願い、その技量を見せて!」

「えっと……」


 ここまで言われても試合を出る気になれない俺に、今度は藍田が説得を始めてきた。


「桐生くん。北高っていつも地区大会で一回、二回勝てば良い方らしいの」

「え?」

「だから練習試合を受けてくれる相手も同じようなレベル。だけど今試合してる女バスはそういう学校より何枚も上手」


 藍田は戸松先輩に「そうですよね」と確認すると、先輩はうんうんと頷いた。


「でも、そんなチームがもし強いチームと競い合ったとしたら、選手はそれだけで成長すると思うの。今のスコア見てみてよ」


 そう言われてスコアボードを見ると、2-11。時間は残り六分半となっているので、開始四分足らずでここまで差を付けられたことになる。


「おいおい……」


 だが考えてみれば道理だ。本気で全国を目指している女バスに、今まで地区大会二回戦を突破するのに精一杯だった男バスがプレーを一部制限した状態で勝てるほうがおかしい。


「今までもこんなスコアだったんですか?」


 思わず質問すると、戸松先輩は少し悲しそうに頷いた。


「そうなの。強いチームとの試合に慣れるために女バスと試合するんだけど、いつも試合らしい試合にならないんだ」


 藍田はそれを聞くと続けた。藍田がこんなに喋っているのは、前に俺をこのバスケ部に勧誘してきた時以来か。


「桐生くん、前にこのチームが気に入ったって言ってたよね」

「わかった、出るよ」


 そこまで聞くと、俺はもう折れた。

 確かにこのチームが気に入っているなんて言っておいて試合に出ないなんて、理奈にスカしてると言われても仕方ないか。

 藍田の説得に、俺は初めてチームのためにバスケをしようと決めた。

 断ってもまた何か別の言葉で説得されそうだったというのも理由の一つであるが。


「出てくれるの!? やった!」


 戸松先輩はガッツポーズをして喜ぶ。


「そう言ってくれると思った」


 藍田はそう言うと、ゼッケンを袋から取り出した。


「はい、背番号取っておいたよ」


 背番号9。中学の時の背番号。


「敵わないなあ」


 そう呟くとゼッケンを受け取った。本当に敵わない。事前に中学時の背番号を用意しているあたり、藍田には俺が折れて試合に出ることを分かっていたのだろう。

 ゼッケンを着ると、随分懐かしい感覚になる。


「うん、桐生くんはやっぱりその番号が似合うね」


俺がシックスマンだったことを示すその番号を見て微笑む藍田が、中学時代の思い出と重なる。


「ありがと。頑張るわ」


 込み上げてくる懐かしさを胸の奥にしまい込み、試合に目を向けた。

 視線の先では理奈が躍動している。その動きは明らかに選手の中で一番目立っていた。

 理奈と試合で対決するのは小六以来だ。

 小学生の時から、男女混合グループの中でも抜群に上手かった理奈に、唯一競ることができたのが俺だった。

 勝って、負けてを繰り返していたあの頃を思い出す。

 最近理奈に対してそれまで感じていなかった気持ちに襲われることもあった俺だったが、今は純粋に理奈との勝負が待ち遠しくなっていた。

 つい先ほどまで試合に出ないと言っていたのに、出ることが決まった途端早くコートに立ちたくてウズウズするなんて。

 俺ってかなり現金なやつだ。

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