第7話 北高男子バスケットボール部!
二週間後、バスケ部に正式に入部して初日。
今日はバスケ部に入部して初めての練習日だ。
練習着に着替えると、まだ練習開始の時間まで幾ばくか時間があった。
練習前の自由時間に今日もタツは先輩からステップを教わっている。
ハンドボールと違ってボールを持って二歩までしか歩けないバスケに最初は苦戦している様子だったが、先輩とのトレーニングのおかげでその癖をほとんど克服しつつあった。
誰にでも積極的に教えにもらいにいくタツは、これまでの仮入部期間ですっかり先輩たちと打ち解けている。
そんなタツの様子を横目に見ながら、俺もウォーミングアップがてらシュート練習を始める。
ゴール付近のシュートから徐々に距離を伸ばしていき、スリーポイントラインまで下がっていく。
仮入部の期間中今日の今日まで1on1を想定したゴール付近のシュートやレイアップシュートしか練習してなかったが、今は何となく外からシュートを撃ちたい気分だった。
スリーポイントエリアまで下がると、軽くボールを突く。
跳ね返ったボールが手に吸い込まれると同時に膝を軽く曲げる。下半身のバネを上半身にいかに上手く連動させることができるかが、遠くからシュートを撃つ時のコツだ。
ボールを頭の上に掲げ、左手をボールに添え、跳ぶ。バックスピンを加えて高い弧を描いたボールは、そのままリングに吸い込まれて──。
しかし、ボールはガァン! という音と共にリングから跳ね返った。
「ありゃ」
シュートが外れたのを確認すると、思わず首を傾げた。
バックスピンのかかり具合は完璧だったはずだが、やはりブランクで鈍っているらしい。
アウトサイドからのシュートはブランクが如実に表れやすいことに加え、俺自身も遠くからのシュートは得意というわけではない。
調整しなきゃな、とボールを拾って再び3ポイントシュートを撃つも、またもリングに阻まれてバウンドする。
軽く息を吐いて先ほどより遠くに跳ね返ったボールの方向を向くと、藍田がこちらに歩いてくるのが見えた。
その手には、既にボールがある。
「はい」
「ありがと」
手渡ししてくれたボールを受け取ると、藍田の服装がいつもと違うことに気付いた。
「今日は体育のジャージじゃないんだ?」
「うん、私も今日から男バスの正式なマネージャーだから。新しく買ったジャージなんだけど、似合うかな?」
学年カラーの体育ジャージでも藍田は抜群に綺麗だったが、こうして眺めるとやはり市販のジャージのほうがずっと綺麗に感じる。
少しだけ胸元を開けて、軽く腕を捲っている姿は男子生徒殺しと言ってもいいだろう。
「似合う似合う」
「あ、なんか適当」
「いや、そんなことないぞ。ほんとだって」
少しジト目になった藍田に焦り、慌てて否定すると藍田はクスクスと笑った。
「冗談だよ」
「なんだよ、びっくりした」
「ごめんごめん。それでね、話し変わるけど桐生くん。さっきスリー外してたけど、なんで外れたか分かってないでしょ」
いきなり図星を突いてくる藍田に驚いた。
今のシュート練習をずっと見ていたという部分も意外だ。
「うん、見てたよ」
「え!?」
たじろぐ俺を楽しそうに見ながら、「顔に出てたよ」と頬に指を当てる。
……俺ってそんなに顔に出やすいタイプではないと思うのだが。
「それでね。何で外れたかだけど、少し身体の重心がズレてたよ。軸足がきっちりリングに向いてなかったから、ボールの軌道が若干逸れたんだと思う」
流れるようにアドバイスしてくれる藍田に思わず目を見張る。
「すげえな、結構遠くからだったのにそこまで見えてたのか」
「これでも三年間マネージャーやってたんだよ? 相手チームのビデオとか研究してたし、桐生くんのプレーは何回見たかも覚えてないくらい」
「え、俺ってそんなに見られてたの?」
俺の質問に、藍田は口元を緩めた。
「身近に対戦する学校の中で、桐生くんが一番上手かったからね。でも結局、桐生くんの学校には毎回負けてたなあ」
確かに藍田がいた男バスとは練習試合を含め、かなりの回数試合をしてきた。
それでも、ここまで癖を把握できるものなのだろうか。
「追いつきそうになった途端に桐生くんがシックスマンで試合に投入されたよね。その度にみんなで頭抱えてたんだよ」
「試合の流れを変えるのが俺の役目だったからな」
「桐生くんは目立ちたがり屋だもんね」
藍田は中学時代の会話をまだ覚えていたようだ。
「自分が楽しくなきゃスポーツなんてできないよ」
「言うと思った。桐生くんのことなら、ある意味なんでも分かっちゃうかも」
そんな藍田の言葉に、思わず頰が緩む。
高嶺の花なんて呼ばれて皆んなから憧れの的とされている藍田が、俺をこんなに見てくれているなんて。
藍田は単に、同じバスケ部として見てくれているだけなのだろう。
だがかつてと同じ様に話すことができるようになった今となっては、藍田と同じバスケ部で活動することはとても楽しみになっていた。
そんなことを感じていると
藍田と軽く走って主将の元へ集合する。
中学では、主将の掛け声が聞こえると大きな返事とともにダッシュで集合するという決まりがあったが、北高にはそうした決まりはない。
バスケは好きだが、そういったいかにも運動部らしい決め事はあまり好きではなかった俺にとって、このバスケ部はつくづく相性が良い。
理奈に誘われた時は少し乗り気になれない部分もあったが、仮入部で練習に参加することでそんな気持ちはどこかへ行っていた。
「はい、注目!」
主将の声に思考を一旦停止させる。
主将を中心に部員たちが半円をつくっているこの光景は、きっとどの学校でも同じに違いない。
だが今日は主将の横に、マネージャーである藍田と、先輩と思われる女子生徒が立っていた。
藍田とどうしても比べてしまうのが男子の性だが、この先輩も抜群にかわいい。
藍田が高嶺の花と例えられるならば、この先輩はさしづめアイドルといったところだろうか。少し幼く見える童顔で、長そうな髪を括って団子にしている。
横にいるタツが先輩から見えないように太ももをバシバシ叩いてくる。
年上という雰囲気も合わさってか、どうやらタツはとても嬉しいご様子だ。
「今日はみんな、バスケ部に入部してくれてありがとう! 改めて、キャプテンの
清水主将の挨拶に、一年生達は「お願いします!」と軽く頭を下げる。
「それから、仮入部には顔出してなかったマネージャー紹介するね」
キャプテンに促されると、女の先輩が口を開いた。
「マネージャーの
ハツラツとした声に、一年生は「はい!」と先ほどより大きな声で返した。
「俺への返事より明らかに気合篭ってんなあ! 素直でよろしい!」
アッハッハと軽快に笑うキャプテンに、「うちじゃキャプテンよりマネージャーのほうが権力持ってるからなあ」と茶々が入る。
「だよなあ」とニヤニヤしながら同意する先輩たちに、戸松先輩はパンパンと手を鳴らした。
途端に先輩方が口を噤んだのを見て、キャプテンよりよっぽど統率力があるじゃないかと思ってしまった。
「はいはい、雑談は後でね! 主将、とりあえず私たちの目標言わないと!」
戸松先輩の指摘に、清水主将は「おっとしまった」と指を鳴らす。
「それでは目標をば。うちは女バスと違って、まだ地区大会で三回戦までしか進んだことないけれど。今年はマネージャーの力も借りて、準決くらいまで行けたらなと思ってる! 目指せベスト4、イエーー!」
勢い任せに腕を掲げる主将に、先輩達も「イエーー!」と歓声を上げる。一年生もそれに倣い、遠慮がちに腕を掲げた。
横にいるタツだけは先輩達に負けないくらいの歓声を上げている。
腕を掲げながら疑問に思った。
なぜ目標が地区大会一位ではなく、ベスト4なのだろうかと。
そこの説明もされるのだろうかと戸松先輩を見ると、目が合った。そしてパチンとウインクをされる。
いくら後輩でも初対面なことには変わりないのに、躊躇いもなくウインクをするなんて本当にこの人はアイドルなのではなかろうか。
「なんでベスト4なのかというのを説明するとね、まず北高の部活って基本的に引退は二年の冬ってことから話は始まるんだけど」
「え、冬なの?」
思わず出てしまった俺の言葉に、部員全員の目線が集まる。
しかし戸松先輩は「そうなの!」とニッコリ笑って続けた。このバスケ部の先輩は心が広い。
「理由は早い時期から受験勉強に集中するため。でも、どうもうちの部員は二年で引退したくないらしくてね」
ということは、今ここにいる先輩方は全員二年生で、三年生達は既に引退した後だということか。
だが北高がその方針を取っているのに、二年で引退しないなどということは叶うのだろうか?
「北高は冬の地区大会までにベスト4以上に上がると、次の大会まで引退が先延ばしさせることになってるの。だから、私たちの目標は目指せ冬の大会までにベスト4進出! みんなでできるだけ長くバスケをしたいから、レギュラーは完全に実力主義。一年生の奮闘に期待します!」
戸松先輩の激励に、今度は一年生も先輩に負けずに盛り上がった。
つまり目標は、大会を勝ち進んでベスト4に入って今のチームでできるだけバスケを続けること。
目標としては単純明快、だからこそやる気が出る。
チーム力は今のところかなり難ありだと見るこのバスケ部だが、この和気藹々としたチームで一つ目標に向かっていくのは随分とワクワクさせられた。
「よしよし、話が纏まったところで!」
清水主将は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「じゃあとりあえず、今から女バスと練習試合しますか!」
ここにいる一年生全員が、耳を疑ったに違いない。
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