第4話 仮入部!
──初めて俺が藍田と恋愛について話をしたのは知り合ってから半年経った、中学二年の冬だった。
「最近、男子からすごい告白される」
そう相談するような口調で話を持ちかけられた時は、かなり嬉しかった。
相談されるということは、それなりに信頼されている証だと思っていたからだ。
「どれくらい告られたんだ?」
「この一ヶ月で四人かな」
その尋常ではない数に驚きながらも、どこか納得している自分がいた。
こんな綺麗な顔立ちをした女子を、他の男子が放っておくはずもない。
「それもね、話したことない人ばかり。なんでかな」
「それは……」
──綺麗だからだろ。
そんな感想は、とても本人には言えなかった。
きっと藍田は、そんな答えを求めて相談してきたわけじゃない。
「友達とかだったら、嬉しいと思うし考えるんだけど。話したことない人に告白されても、正直どうすればいいのか分からない」
俺の頭の中に一つの言葉が反芻された。
──友達だったら、嬉しいと思うし考えるんだけど。
◇◆
藍田の夢を見るのは二日連続だ。
彼女自身が気にしていないのだから、こちらも考えても仕方ないと思っていたのに、夢ばかりは防ぐことができない。
「……勘弁してくれよ」
思わずひとりごちて、気怠い身体をゆっくりと起こす。
一階へ降りると、姉である
「おはよ。今日は大学早いんだな」
俺が話し掛けると、聡美はスマホから視線を外し、こちらを見上げた。
「おはよー。そうなの、言語の授業だから休めなくって」
「出席したら点数貰えるやつだっけ。いいよな大学生は、出席するだけで点数貰えて」
その言葉に、聡美は苦い顔をする。
「あんたも大学生になったら分かるけどね、朝起きるのって大変よ。なんで高校生の時って毎日あんなに早く起きれてたのかしら」
「……俺も大学生になったら同じこと言ってそうだな」
聡美は俺と四つ年の離れた大学二年生。
俺と同じで朝に弱い聡美は、休めない授業がある日は母に起こしてもらっている。
聡美を起こす母の声でいつもより早く起こされることがあるので、正直勘弁してほしいと思っていた。
「陽介、あんたもう部活決めた?」
聡美はベーコンエッグにフォークを突き刺しながら、唐突に訊いてきた。
「バスケ部かな」と答えると、お見通しという目をされる。
「でしょーね」
「なんだよ、別にいいだろ」
俺の反応に、聡美はあっけらかんと笑う。
「うん、別にいいわ。頑張りなさい、あんたがバスケ部に入部するってことは、私としても嬉しいし。これでOGとして顔を出しやすくなったわ」
「あのなー、部活引退した後にやたら練習に参加してくる先輩って嫌われるぞ」
嬉しそうにベーコンを頬張る聡美に釘を刺す。
実際俺は中学時代、練習に参加してはデカい顔をしていくOB達のことが好きではなかった。
聡美も思いある節があるようで、顔を顰めた。
「うぐっ……だって仕方ないじゃない、バスケサークルだけじゃ物足りないんだもの」
聡美は元北高女バスのキャプテンだ。
聡美の代は黄金世代と言われ、あと一歩で全国大会というところまで勝ち進んだらしい。
理奈の進路先に選ばれるだけはある。
「まあ今年は理奈がいるからな、相手してもらえよ」
「そうね、私もすごい楽しみ。久しぶりに腕が鳴るわ!」
ワクワクして食べる手が止まっている聡美だったが、母の「聡美、大学遅れるわよ!」という一言にハッとする。
「ごめん陽介、朝ごはんあげる!」
そう言い残し聡美は洗面所に駆けて行った。
「仕方ねえなあ」
いつも通りの朝ごはんと半分以下になったベーコンエッグを食べてから、俺も学校に向かった。
黄身の掛かったベーコンは、二倍増しで美味しく感じた。
◇◆
藍田の夢により早く目覚めたおかげで、俺はいつもより若干早い時間帯に通学路を歩いている。
たった十五分ほどしか変わらないのに、それだけで景観が随分と違って見えるのは気のせいだろうか。
そんなことを考えていると、前方にタツの後ろ姿が見えた。
周りで歩いている生徒は黒髪や茶髪ばかりなので、タツの金髪は目立っている。主に悪い意味で。
「おっす、おはよ」
声をかけると、タツはニカッと笑って振り向いた。
声だけで俺だと分かったみたいだ。
「おっす桐生! 桐生はてっきり幼馴染ちゃんと登校してるんだと思ってたぜ」
「毎日一緒に来てる言い方やめろ、まだ一回しか一緒になってないから」
「へー、そんなもんか」
「そんなもんだ」
今日は理奈と一緒に帰る約束をしていたが、それもまだ俺の友達が少ないからでしかない。
幼馴染といっても決して恋人というような関係ではなく、普通の女友達より少し気心の知れる関係というだけだ。
そのことが周りに伝わるまで、思っていたより時間がかかりそうだった。
「そういやお前、仮入部どこ行ってた?」
昨日タツに聞いてもはぐらかされた質問を再びする。
「ああ、あれ? 吹奏楽部」
「へー、吹奏楽」
何となくイメージで運動部しか眼中にないやつだと思っていたから、この答えは予想外だ。
金髪が吹奏楽で演奏する姿を想像して少しおかしくなる。
「それで、吹奏楽部に入るんだっけ」
昨日の終学活後、「行きたいところは決まってる」と言ってたことを思い出す。
ところがタツはかぶりを振った。
「いや、入らない。ありゃダメだ、燃えられない」
「え、決めたって言ってたのに。なんで?」
「周りとの差が開きすぎてた。ドレミファソラシドしか読めないのに、いきなり長調とかシャープとか言われて逃げ出してきた」
どうやらタツは音楽の時間で習った程度の予備知識で吹奏楽部に行ったらしい。
随分無謀なことをするやつだ。
「じゃあ次の部活はどうするんだよ」
俺の問いにタツは顔を曇らせる。
「正直、これといった部活がなくてさ。俺中学の頃ハンドボール部だったんだけど、北高ってハンド部ないし」
「あーハンドボールか。体育でやったことあるけど、試合運びって結構バスケと似てるよなあのスポーツ」
ハンドボールはプレイヤーが七人ということや、キーパーのいるゴールにボールを投げ込むという形式で、バスケとは一見全く違ったスポーツに思えるかもしれない。
だがパス回し、ドリブル、ポジションの取り方などバスケに通じる部分も多くある。
「タツ、今日バスケ部来ない?」
そんな背景から誘ってみると、タツは小首を傾げた。
「バスケ? ていうか桐生もう部活決めたんだ」
「まあな、結構楽しい部活だと思うよ。強豪ってわけでもないし、タツも練習すれば早いうちからレギュラーになれるかも」
タツは少し難しい顔をした後、「マネージャーはいるか?」と訊いてくる。
下心を感じずにはいられない質問だが、昨日の和気あいあいとした仮入部を経て、一緒にバスケをする仲間を欲しくなっていた俺は素直に答えることにした。
「いるよ、同じクラスの藍田がそうだ。藍田もマネージャーになること決めたってさ」
その答えを聞いて明らかに表情が変わったタツに気付かない振りする。
「悩んだ結果、オッケーです。それではまた仮入部でよろしくね」
絶対悩んでいないだろうという確信はあったが、口には出すのは何とか堪えた。
◇◆
放課後、仮入部の時間。
意外に感じたのは、バスケ部員たちは練習にきちんと集中して取り組んでいることだ。
強豪校でないからといって練習に身を入れないということはないのかと、俺は認識を改めた。
「へい、パス!」
掛け声が聞こえた方向へ視線を投げると、タツが先輩からボールを受け取る瞬間だった。
俺が練習に連れてきたタツは、元ハンドボール部ということだけあって、ドリブルやパスなどは素人のそれより断然上手い。
ただ、ハンドボールはボールを持って三歩まで歩いて良し、バスケは二歩までというルールの差異がタツを苦しめているようで、頻繁にトラベリングを繰り返している。
その度に先輩たちから丁寧に指導をされ、目を輝かすタツを見ていると仮入部に誘った側としても集中しない訳にはいかず、その日の練習は昨日よりも早く感じた。
練習が終わると、藍田がこちらに歩いてくるのが見えた。
──もしかしたら、話しかけてくるのかも。
淡い期待を抱きながらモップを掛けていると「桐生くん」と声をかけられる。
「なに?」
俺は高鳴った胸を悟られないように、平坦な声色で返事をする。
昨日で多少慣れたとはいえ、未だに多少緊張してしまう。
「今日さ、ちょっと仮入部来た人少なかったね」
「まあ、女バスと比べられるのが嫌なんじゃないかな。女バスと男バスってかなりレベル差あるみたいだしさ」
答えを聞くと藍田は納得したような表情になった。
「そんなものかな、男子って」
「うん、多分だけど」
「そっか。それにしても、桐生くん昨日より練習集中してたね」
「まあ、タツがあれだけ楽しそうにしてくれたらな。こっちも気合いが入っちゃって」
緊張している割にサラりと流れていく会話に安心する。
振られはしたが、それが俺たちの関係を瓦解させるということには繋がらなかったらしい。
それも、昨日藍田がこの部活に誘ってくれたお陰だ。
「桐生くん、今日一緒に帰らない?」
「え、いいよ」
突然の誘いに思わず二言返事で了承する。
「きまり。じゃあ私、着替えてくるね」
藍田は口角を上げて、マネージャーの部室に歩いて行った。
藍田の後ろ姿を見て着替えをしている場面が一瞬頭によぎるが、その妄想を頭を振って追い出す。
もっと余裕のある、大人の男になりたい。
こんなことでいちいち動揺するなんて、なんだかとても格好悪いように思えた。
部室に戻り「先に帰ってていいよ」とタツに告げるとブーブー文句を言われたが、練習中に可愛がられていた先輩達に連れて行かれた。
金髪だから先輩ウケは悪いのではないかと密かに危惧していたが、まるで杞憂だったようだ。
着替えを終え体育館から出ると、春特有の涼しい風が汗を一気に冷ましていく。
「お待たせ」
「おす」
制服姿に変わった藍田はジャージ姿の時よりどこか大人びて見える。
同じ学校指定でも着る人によってこれほど印象の差が生まれるのだから、学校の制服は侮れない。
「まだちょっと寒いね?」
藍田は手を擦りながら温める仕草をしながら笑いかけてきた。
目が合うと、こちらも口元が思わず緩んでしまう。
「今日楽しかった?」
藍田はそっと訊いてくる。
俺は素直に答えた。
「うん、楽しかった。今日みたいにボールに触り続ける練習メニュー中心だったら、飽きずにバスケ続けられそう」
「ふふ、そっか。嬉しいな」
「なんで藍田が嬉しいんだ?」
「あのね。あの練習メニュー考えたの、私なんだ」
まだ仮入部なのに練習メニューを作るなんて、随分信頼されているんだな。
「桐生くんって1on1好きだし、ちょっと贔屓して時間多めに取っちゃった」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
藍田にそんなつもりは全くないのだろうが、彼女の言葉には簡単に心が乱される。
そのことから俺の中で未だに藍田は大きな存在なのだろうということが分かってしまい、思わずため息が出た。
「桐生くん、練習疲れちゃった?」
少し心配そうにこちらを見上げる藍田に今の気持ちを気付かせまいと、慌てて首を振る。
「いや、ほんと寒いなってさ」
そこまで言うと、本当に寒気がした。
校門の方向に目を向けると、腕組みをしながらこちらを眺める女子の人影が見える。
俺は理奈と先に一緒に帰る約束をしていたことを、すっかり失念していたのだ。
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