第14話 終末(3)
「さて、私も眠るとするか」
ゼスカは手帳を閉じるとドアへと向かう。
眠ると言っても、ゼスカが次に目覚めるのは十四年後の予定だ。
何とかして知識や文化を次世代に残すために、技術がまだ確立されていない
眠っている間の、機械をメンテナンスする者がいる場合での話である。一応、二人の技術者が付くことになっているが、彼らの命がいつまで持つのかも分からない。大方の予想では、長くて半年から一年とされている。
ゼスカは服を脱ぎ、全身くまなく洗浄して装置へと入る。
「おやすみなさい」
担当の技師に声を掛けられてゼスカは目を閉じた。
数時間かけて徐々に冷却し、冬眠状態にしてから、凍結寸前まで一気に冷却する。いわゆるチルド保存するのだ。
「旧来の医学の常識や考え方は全く通用しない」
ウサギの最初の発症から約四ヶ月。
それが研究者たちの出した結論だ。これは「手に負えない」という敗北宣言でもある。
壁越しだろうが、真空層を隔てようが関係がないという恐るべき病原体が、風に乗ってどこまでも広がるというのは、もはや物理常識すらも超越している。
物質的な媒介・病原体が無いかのように感染のするのに、物質的な広がりかたをしているのだ。不可解にも程があるだろう。
新たに見つかった細胞内器官も、その機能が判明する前にタイムリミットに到達してしまった。もはや、文明の滅亡は確定的な段階に突入してしまったのだ。
人口の約半数を失った。
それだけを聞けば、確かに被害が大きいのだが、滅亡と言うほどではないように思うだろう。
だが、それは老若男女の区別なく半数が死んだ場合だ。だが、偏りがある場合には深刻な事態となりうる。
高齢者ばかりが死亡しても文明の維持には支障がないが、若年層を中心に死亡者が増えれば深刻な事態となる。
そして実際に、発症者の大半を十代から三十代が占めており、次世代の出産および育成を担う層が壊滅状態となっているのだ。
そしてこの世代は、あらゆる産業での現場を動かしている者たちであり、彼らを失うということは経済流通が止まるということでもある。
既に現役を引退した者たちが何とか回そうとしてはいるものの、それがいつまで続くのかは分からない。
何より、病魔を回避できるのは新しく生まれてくる子供たちだけなのだ。
幸いなことに、生まれつきの体質なのか、何とか生き延びている若年層は少数ながら存在している。彼らを保護して生命と文化を繋いでいかなければ、文明の滅亡どころではなく人類が絶滅してしまうだろう。
国家も地方も行政が機能しなくならつつある中で、文明・文化保存計画が動き始めた。
最初に言いだしたのは誰なのかは分からない。
だが、一年後にはほぼ間違いなく現在のインフラ機能は全て停止する。それを前提として、生き残る世代と彼らを指導する世代を残すことに注力していくことになる。
ガスや石油などの化石燃料も、新たな採掘は見込めるはずもない。早々に尽きることになるだろう。殆どの工業分野はその技術が失われることになる。
それでも、何十年か経ち復興が進めば技術の復元が可能となるよう、可能な限りの資料を残しておく必要がある。
電子データは近い将来に全て利用不可になる見込みなので、必要と思われる情報は紙や金属板を使って、長期の保存ができるようにしておく。
より基礎的な道具を作るための道具・設備を整えておく。
そういったことにリソースを費やすというのは、死んでいく者たちを見捨てるということでもある。
現在、肺炎に苦しんでいる者への投薬はしない。全て過酷な時代を生きていくことになる次世代の子どもたちに残していく。
それが、今残された年寄りたちの最後の務めなのだと政府が打ち出したのだ。
もはや、そこに法など無い。老い先短い者たちに人権はもう無いのだ。
全ては、子どもたちのために。
導き手たちは長い眠りに就いた。
内臓が、バクハツだァァ!! ゆむ @ishina
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