第13話 終末(2)

 絶海の孤島、陸の孤島、砂漠のオアシス。

 人の行き来のほとんど無い地域では、世間を騒がせている疫病とは無縁だ。

 とはいっても、交通の発達した現代では、数週間に一度くらいの便はある。


 だが、そういった地域でも突発性多臓器破裂症は猛威を振るった。一ヶ月に一度の定期便が到着する前に、である。

 虫や小動物が媒介して感染症が拡大することがあるのはわかるのだが、海や砂漠をそう簡単に超えられるものなのだろうか。過去の事例では年単位の時間をかけて広範囲の島に拡大した感染症は確認されている。だが、数十日というのはあまりにも常軌を逸し過ぎている。


 既に世界から人口は三割ほどが失われ、遺体処理も間に合わずに放置されている者も多くある。その状況にいたってようやく、具体的な異変の発見に成功した。


「発症者の心臓の細胞に、小器官を発見した」


 国立大学の生物工学研究所の成果である。発見者のレンフェシア博士によれば、心臓以外の部位では、偏在が激しく、また、個人差が大きいという。

 逆に言えば、心臓ではこの細胞内器官は百パーセント検出されたとのことだ。


 この情報は、ただちに全世界の研究者に共有され、その働きや偏りの原因についての調査・研究がおこなわれていく。

 今更、特許や権益とか言っていられる場合ではないのだ。そんなことを言っている間に人類が滅亡してしまう可能性があることが分からぬほど愚かではない。



 ノデンス医療研究所にも当然のように情報が渡され、ゼスカたちも確認と調査を進めている。

 ただし、研究所では研究者や職員の半数を失い、多くの研究室が閉鎖となっている。

 ケンドリス研究室の生存者はゼスカただ一人だ。メルズリッサ研究室も残り二人。いずれにしろ、若手は全滅しており、残っているのはそれぞれ最年長の類だ。

 生き残っている者たちが、既存の研究室の枠を超えて共同で研究・対処に当たっている状態だ。


「一つ確認したいのだが、この小器官を持つ細胞は、体内に偏在している、はずだよな?」

「心臓以外からも、いくつかは見つかるという話だぞ」


 夕刻に行われる定例会議でオチェヴィンが不可解そうな表情でメンバーに基本的なことを確認するが、一同は、その言葉を肯定するのみだ。


「このマウスでは全身、皮膚や粘膜、血球からも検出されたのだが、何故だと思う?」

 偏在、と言うからには、全身からは検出されないのが当然だ。だが、未だ生きているマウスを調査したところ、全身どこの細胞を検査しても、問題の小器官が検出されたのだと言う。


「どういうことだ? この小器官が病気を引き起こしているんじゃないのか?」

「逆だな。これは発症を抑える機能があると考えるべきだ」


 オチェヴィンが言うには、全身に新しい小器官があるのは、感染したと思われる親から生まれた子世代で、この世代のマウスはまだ一匹も発症していないとのことだ。


「次世代は発症しないだと……? 年寄が未だ生きているのとは別の理由か?」

「この正体不明の毒素に対して獲得した耐性機能なのかも知れんな。年寄は毒素を生み出す能力が低いから生きている、とも考えられる。」


 ウォレンの疑問に対して、オチェヴィンが推測を述べる。証明する手段は無いが、否定する根拠も無い。


「取り敢えず、子世代については広く調査する価値がありそうだ。新規の発見情報として挙げておこう。他の研究所の調査結果と合わせたら何かが分かるかも知れないからね」


 ゼスカが総括し、全員が同意する。



 子世代の調査ということで研究室外、自然界の動植物に対しての調査が行われて、世界中の動植物に異変が現れていることに、今さら気付いた。

 魚類や爬虫類は、内臓が破裂するというヒトや哺乳類に類似した症状により命を落としているが、甲殻類は奇形を発し、植物は巨大化を開始していたのだ。

 河川や湖沼の魚が一斉に死んでいれば素人でも分かるし大騒ぎになるが、アリやクモの形が少々変わったところで、それに気に留めた者は実質的にいなかったのだ。多臓器破裂症による大量死のインパクトが強すぎて、死亡に至らない少々の奇形など捨て置かれた、ともいえる。


「生命活動そのものに異変が発生しているのでは?」


 そのような意見が出てきたのは、もはや収拾がつかなくなってからだった。

 発症者の増加は止まることなく増え続けている。特に、年少者の方が発症率が高いようで、高齢化が加速している。

 にもかかわらず、医療研究者たちは、解決には程遠い情報しか得られていない。

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