第12話 終末(1)

 ミケイロンが吐血し倒れたのは、新年早々のことだった。

 彼は、正月だからとぐうたらしていたわけではない。


 日常的に運動をしていても発症する。

 その一例目がついに発生してしまったのだ。


 ゼスカたちは沈鬱な表情で検査を進めていく。

 誰も口を開かないまま、喉の奥から溢れ出てくる肉片を採取し、X線写真を撮り、更に頭の天辺から足のつま先まで超音波検査を行う。

 見慣れてしまった検査結果の画像を前に、ゼスカは大きな溜息を吐く。


「仲間が死んだことで喜ぶものではないな……」


 日頃から運動を心がけている者の初の事例というだけではない。日々の食生活や運動量が明確に分かっているというのは大きなポイントだろう。

 運動不足の者たちとの症状の違いなどが見つかれば、それだけ研究も進むというものだ。

 ゼスカも、少なからず期待していたのだろう。きっと何かが見つかる、と。


 気を取り直し、解剖検査へと移る。

 連日、遺体が運び込まれているため、司法医は殆ど常駐のような形で研究室にいる。

 以前にドミネアの解剖検査の際に来たときは、宇宙服という医師とは思えない恐るべき装備だったが、今は普通に白衣姿だ。

 もちろん、執刀の際には手術衣に着替えはする。患者が他の危険な病気を持っていないという保証はないのだから。


 腹腔内の様子は、開いてみても他の患者との違いは分からなかった。

 ただし、ぱっと見た目だけでは判別できないような違いがあるとも限らないので、肉片を丁寧に分別してデータ化していく。

 コンピュータに分析させて、何らかの傾向だけでも見つかれば、それを取っ掛かりに研究を進めることができるかもしれない。

 暗中模索寝ある現状からすると、少しでもヒントが欲しいものである。


「ミケイロンが発症したとなれば、僕たちもいつ発症するか分からないな」


 検査の後片付けを済ませて、そう呟いたのがヨシュビアの最期の言葉だった。

 突発性多臓器破裂症は、本当に何の前触れもなく発作を起こす。

 そして、発作は一瞬だ。それで命を落とす確率は百パーセント。苦痛をほとんど感じぬまま死亡に至るのは救いなのだろか。最後の表情は苦悶というより驚愕であった。


 ミケイロンもヨシュビアも、その点は今までに診た患者たちと同様である。

 発症までの期間が長引いた分だけ、苦しむ時間も長くなるようなことはないようだ。


 研究室内での立て続けの発症に、ゼスカたちも顔色をなくしている。

 平静さを失い取り乱すほどではないが、最初の発症者、ドミネアが死亡したときよりも、明らかに動揺が大きい。


「偶々とか、個人差、で片付きそうにないな」


 ゼスカは歯噛みする。

 発症者の伝播・分布を考えると、病気の発生はウサギからと見て間違いないだろう。

 人間の中で、最初に感染したのはおそらくヨシュビアだろう。

 他のメンバーがそのヨシュビアから感染したのか、ウサギからなのかは分からない。

 だが、ドミネアとミケイロンの感染時期が大きく異なっているとは考えづらい。他のメンバーも同時期に感染していることが予想される。

 運動していても発症する。

 それが確かならば、ゼスカたちの残り時間はもう、あと僅かであると考えるのが妥当だ。


「せいぜい、長くてあと一週間程度の命ってところか。残念だったな。俺はあと一ヶ月近くはあるぜ」


 ウォレンがよく分からない自慢をしてくる。

 余命宣告として、一週間も一ヶ月も大差無いだろう。


「お前らしいな」


 ゼスカは笑い、最期の時に向けての方針を告げる。


「私たちが助かるには、何としても病理を突き止め、特効薬を作る必要がある。残り時間は少ないが、諦めたらそれで終わりだ。社会のため、人類のためとは言わない。私たち自身が助かるために死力を尽くそう」

「まあ、薬ができても、私たちは薬の実験台ですけどね」


 ユフィヨミが入れた茶々にツッコミを入れる者は無かった。



 ウサギたちはもう九割ほどが死んでしまっている。

 逆に言えば、一割は相変わらず元気に生きているのだが、何がその差を齎しているのかは依然として不明だ。


 発症を抑制する働きを持つ遺伝子はまだ発見されていない。食事の量、行動パターンなどの習慣、置かれている場所の電磁場の強度を照らし合わせても、特に有効と思えるものは検出されていない。


 そして、それはヒトにおいても同様である。

 市内には、運動不足でありながら、生き延びているものもいるのだ。運動不足の者はみんな死んでしまったわけではないし、発症の時期にもバラツキがある。


『今日も、食っちゃ寝。ヒッキー生活最高!」


 そんなタイトルをつけた記事が注目を集めている。

 不謹慎だと非難の的になったりもしているが、逆にそれがあるからこそ『生き残る希望』も見出せるということもある。

 事実として、研究所でも彼らに連絡を取り、生活や生存に支障の無い範囲での検査協力を求めている。

 運動以外での発症防止につながる因子があるのは確かなのだ。


 運動が発症に関わるメカニズムの解明にはまだまだ時間がかかるだろう。

 様々な角度で、対処法の研究を進めなければ、国家存亡どころか、人類滅亡にすらつながりかねない。




 発症者の爆発的増加は止まるところを知らない。感染は全世界に広がってしまっている以上、発症を止めるにはワクチンを開発するしかない。

 一週間での死亡者数、三十と数万人。

 ノデンス医療研究所のあるロクト市では、人口の五分の一ほどが失われた計算だ。


 発症者前線は急速に拡大しており、それに伴って死亡者数も爆発的に膨れ上がることが予想される。

 五分の一という死亡率も『今のところは』ということであって、今後、増えないとも限らない。


 ロクト市では、都市機能は喪われてきている。

 死んでいく人の数は完全に処理能力を超えているし、恐怖と混乱に陥った市民たちは、本来の役割を果たせるはずもなく、経済流通を支えるどころではない。


 既に昨日から警察とは連絡が取れないし、司法ももはや機能しているとは言えない。

 突発性多臓器破裂症での死亡は、ほぼすべてのケースにおいて法的には不審死にあたる。

 病気の発作なのは素人目にも明らかなのだが、そもそも、死亡した者がその病気に感染していたという診断が無ければ、全て不審死になるのだ。

 ごちゃごちゃ言ってみても、法律がそうなっているのだから仕方がない。

 実情に合っていなくても、司法としては、法に則って動かざるを得ない。司法が率先して違法行為を働くわけにはいかないのだ。


 伝染病が爆発的に広がった場合、医療機関から壊滅的打撃を被る。

 それは、今となっては時代遅れの常識のはずだった。

 院内感染防止のためにルールが整備され、設備や薬品を常備する。

 そんなことは、もう何十年も前から徹底されてきている。

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