第3話 プロローグ(3)

「今日はこの辺にしておこう」


 日付が変わる頃合いに、現状を纏めていたゼスカが他のメンバーに声を掛ける


「まあ、俺たちが寝ている間もコンピューターくんは頑張って解析するんだけどな」

「まあ、そういうことだ。我々人類には睡眠が必要なのさ」


 大きく伸びをしながら言うドミネアに、ゼスカは肩をすくめながら同意する。


「眠らなくても平気になる薬って無いんですかね?」


 ヨシュビアのそんな呟きに、ゼスカは呆れたように言う。


「何言ってるんだい。そんなの昔からあるじゃあないか。一般取扱禁止指定薬物だよ」

「おお! そう言えばそうですね」

「その様子じゃあ、もう、脳みそが働いていないようだね。帰って寝なきゃ駄目だ」


 各々、していた作業を一度打ち切り、帰路につく。



 翌日も朝から三十五羽のウサギを精密検査し、過去の研究データと合わせて、人工知能による診断を行う。

 だが、コンピュータにより出された結論は、異常なし。

 死亡した個体以外は、何の異常もないというのだ。


「一体、何が違うと言うんだ?」


 苦虫を噛み潰したような表情をしているのはゼスカだけではない。


「もう一度、検体を確認してみましょう」


 手分けして、破壊された肉片を一つ一つ入念に検査していく。

 死因の特定は不可欠だ。何としても原因を見つけ出さねばならない。今回の一例は『偶々発生した、たった一件の例外』ではない。

 今までも、実験動物が死亡するようなことがあれば、あるいは、死亡まではいかなくても重篤な副作用が出れば、その原因を突き止めて対策を講じてきている。

 小学生の自由研究ではないのだ。「今回は上手くいかなかったです。終わり」なんてわけにはいかない。


 たとえ例外なのであろうとも、その例外が発生する条件や確率、そして対応方法を出さなければ、次の段階、すなわち人間での臨床試験に進むことはできない。

 何とかして原因を見つけ出さなければ、研究は実用不可の烙印を押され、失敗として終わってしまうだろう。


 だが、いくら探しても、そもそも病変部が見つからないのだ。

 物理的に潰され、引き千切られた箇所ばかりで、組織細胞に特別な変化は無い。

 血液、リンパ液を調べても、特筆すべき数値はでてこない。

 内分泌の機能についても、特に異常は感じられない。


「コンピュータはこれを事故によって怪我をした、と診断している」


 ミケイロンは端末の画面を見ながら、うんざりしたように言う。


「何をどうしたら、内臓だけを怪我できるんだよ? 餌に爆弾でも混じっていたとでも言うのか?」


 ヨシュビアは泣きそうな表情で叫ぶ。


「爆弾?」

「でも確かに、誰かの悪戯で、お腹の中で爆弾が爆発した動物の記録だ、って言われても、違和感が無いですね」

「莫迦なことを言うな。爆薬なんぞ、検出されてなどいない」


「たとえばメタンガスか何かが溜まっていて、それが爆発したとか?」

「メタンガスにそんな爆発力は無いよ。第一、ガスや爆薬で爆発したなら、熱による損傷が起きるはずだ。そして、熱変性は全く見つかっていない」


 ミケイロンは首を横に振り、キッパリと否定する。


「内臓組織の破壊状況の差はどうなっている? 爆心地はどこだ?」


 ゼスカは爆発をキーワードに思考を進めているようだ。


「いや、だから爆弾はないですよ」

「爆弾ではなくても、だよ。各部位の損傷の度合いの違いから何か分かるかもしれない」


 ゼスカの指示で、各臓器の肉片のサイズや損傷の度合いをデータ化し、コンピュータ分析をする。


 コンピュータが示しているのは、体の中心部、直径5cm弱の球体。

 そこが破裂した、と仮定したシミュレーション結果と一致するらしい。


「一体、何が破裂したんだ?」


 ゼスカは眉を顰める。

 コンピュータの示す3D映像には、原因と分かるようなものは何も無い。


「たしかに胃も含まれているが、この範囲だとむしろ、心臓と肺だな。ここで何が起きたんだ? 生きている奴で、何かできているのがいないか調べてみるか」

「どうやって?」

「取り敢えずは超音波だろう」


 ドミネアは立ち上がり、ケージへと向かった。

 何か見つからないかと、片っ端から検査していくが、これと言ったものは全く見つからないまま時間だけが過ぎて行った。


 そして、二匹目が死亡した。一匹目の四日後のことだった。

 超音波やX線での入念な精密検査が済んで、特に異常なしと診断された個体が、である。


 研究員たちの顔色は悪い。

 どんなに詳細に精密に調べようとも、糸口すら掴めないでいる。


「二体目が同じように死亡した。これは偶然ではない。共通点を徹底的に洗い出すよ。こんな副作用があるんじゃ、使い物にならない!」


 ゼスカは歯嚙みする。


「一体目と二体目の血縁関係は?」

「記録には無いですね」

「ということは、同じ祖先を持っていても、八代以上前なんだっけか?」

「そうですね。八代前までの識別番号では同一のものはありません」


「何か共通点は無いのか?」

「二羽とも、飼育室Aの向かって左側ですね」

「それ、関係あるか? 感染症じゃあるまいし」


「ちょっと待て。感染症ではないなんて誰が決めた?」


 ゼスカが青い顔を上げた。


「薬が特定のウイルスや細菌と反応して、と言うことですか?」

「可能性はゼロではない、けど……」


 コズエットの声がすぼむ。



「解剖検査をする」


 ゼスカが静かに告げる。


「生きている個体の解剖、ですか?」


 ヨシュビアは声が上ずっている。


「ああ、そうだ。できればそれは避けたかったけど、それも選択肢に入れなければならないようだね」


 八年という時間をかけ、おびただしい数の命を犠牲にして、やっと辿り着いた。

 肉体の欠損から回復していくウサギたち。

 あと一ヶ月もあれば、完治する個体もでてくるだろう。


 そんな矢先に、完治に近い個体が二体も死亡した。

 原因と対処法を突き止めなければ、研究はまたやり直しだ。

 突き止めることができなければ、研究は撤回、チームは解散という事にすらなりかねない。


「だが、まずはX線、磁気共鳴、体内埋め込み型のセンサー。使えるものは何でも使っていこう。実験動物の健康を害する事になっても構わない。上には許可を貰っておくよ」


「許可いただけるでしょうか」

「許可が下りなければ、研究は頓挫だ。上も出さざるを得ないさ」


 ゼスカが諸々の申請をしている間に、チームメンバーは検査機器の準備を進めていく。


 その最中にドミネアが倒れた。

 突如激しく咳込んだかと思ったら、比喩抜きでぶっ倒れたのだ。


「おい、大丈夫か?」


 ヨシュビアが声を掛けるも、返事が無い。


「ドミネア?」


 見開かれた目には、何の反応も無い。

 そして、開かれた口からは、肉片の混じった血が溢れて来た。


「何でだ! 何でドミネアが?」


 悲鳴のように叫ぶヨシュビア。


「どけ!」


 ミケイロンは脈の確認をしつつ、ドミネアの上衣を脱がせていく。

 露出されたドミネアの肌には何の傷も無い。

 腹を、胸を、軽く打診するミケイロンの表情が歪んでいく。


「感染症だ」


 ミケイロンはぽつりと言った。


「ウサギと同じ状態だ」

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