14-2 そしてプロローグへ




 横でエリスが「冗談それはもういいって」と小さくツッコむも、チェロは、



「な……な……ぬわぁんですってぇぇえええ?!」



 髪を逆立てんばかりの勢いで、怒りを爆発させた。

 そして、白衣の内側にぶら下げた精霊入りの小瓶をいくつか取り出し、



「この場でコロス!! そして、エリスを取り戻す!!」



 一斉に、そのコルクを開け放った!

 小瓶の中から電気の帯がバチバチと音を立てながら現れる。そして、まるで大蛇のようにうねりながら宙を漂うと、



いかづちの精霊・エドラ! 我が命に従い、その力を示せ!!」



 チェロの号令で、クレア目掛けて一気に迫ってきた!


 クレアは腰から長剣を抜き、冷静に構える。

 アストライアーの任務において、魔法を駆使する相手との戦闘は日常茶飯事であった。

 魔法による攻撃にも耐え得る特別製のこの剣とクレアの腕があれば、雷撃だって斬り裂くことは可能である………

 が。



「オドゥドア! 防いで!!」



 クレアが剣を振るう直前、彼の目の前に突如として分厚い"土の壁"が現れた。

 その壁がチェロの放った雷の魔法を吸収し、消滅させる。

 これは……



「まったく。面倒だからあの女を挑発するようなこと言わないでくれる?」



 エリスだ。彼女が指を振るい、その場にいる"大地の精霊"を用いて壁を構成し、クレアを護ったのだ。

 呆れ顔で言うエリスに、クレアは後ろ頭を掻きながら、



「すみません。やはり冗談は苦手なようです」

「それはわかったから。次、来るわよ」



 言われてチェロの方を見れば、次なる小瓶をまさに手にしているところである。



「エリス……なんでそんなオトコを庇うの?! ストーカーなんて最低よ!!」

「いや、あんたが言うな」

「許せない……水の精霊・ヘラ! 我が命に従い、あのオトコを抹殺せよ!!」



 きゅぽんっ! と開け放たれた瓶から、今度は大量の水が溢れ出す。

 それが先ほどエリスが生み出した土の壁に勢い良くぶち当たると、壁は泥状になって崩れてしまった。

 防壁を失ったクレアが再び剣を構えると、その横でエリスも素早く指を振るい魔法陣を描く。



「炎の精霊・フロル! 力を貸して!!」



 空中に描かれた魔法陣が眩い光を放ち……その中心から真っ赤な炎が出現した。

 エリスの指示に従い、ゴウゴウと音を立てながらクレアの掲げる長剣に一直線に向かってゆき……


 そのまま、剣身に纏わり付くようにして留まった。

 『炎のつるぎ』と化した自身の得物を見上げ、クレアは息を飲み驚嘆する。



「使って。それで水の魔法を斬って」



 エリスが口早に説明をする。何故ならチェロがまた、更なる魔法を展開しようと小瓶に手をかけているからである。


 水を、炎で斬る……?

 クレアは半信半疑のまま、炎の剣をかざしチェロの方へと駆け出した。

 それを迎え撃つように、チェロが再び強烈な水の魔法を放つ。渦巻きながら向かい来る水の塊を、クレアは縦に一閃、斬り裂いた。

すると。



 ──ジュワァアアッ!!



 水が全て、瞬時に蒸発した。

 周囲に真っ白な蒸気が立ち込める。



「なぁっ?!」



 チェロは思わず驚愕の声を上げる。

 が、めげずに小瓶を更に開け放ち、



「ええいっ、当たれ! 当たれ!! 当たれぇっ!!」



 次々と水の魔法を繰り出すも、クレアに片っ端から斬り捨てられ、あっという間に全て蒸発させられてしまった。

 その様を眺め、エリスは「ふふん」と笑い、



「この場にいるありったけのフロルを使ったんだもの、精霊の数が違うのよ。数でまされば、炎だって水に勝てる」



 んべ、と舌を出しながら言う。

 チェロは悔しげに地団駄を踏んでから、



「さすがエリス……! けど、"本体"を狙えばこっちのモンよ! ヘラ!!」



 またまた小瓶を開け放ち水の精霊を呼び出すと、今度はクレアの足元を狙って水流を放つ。

 しかし足を掬われる前にクレアは地面を蹴って跳躍、水の直撃を躱した。

 それと同時に、



「オドゥドア!」



 エリスが再び大地の精霊を呼び出すと、地面から土の柱がせり上がる。

 それはちょうど跳躍したクレアの正面に位置し……

 彼はそれを足場にし高く跳ぶと、困惑するチェロの真上で剣を振り上げ、




「──残念ですが、彼女は私が連れてゆきます」




 小さく呟き、チェロ目掛けて落下しながら剣を振り下ろした………

 ………が、しかし。



「鉄の精霊・アグノラ! 防いで!!」



 チェロは新たな小瓶を取り出し栓を抜くと、その頭上に鉄製の板を出現させた。

 間一髪、鉄板によりクレアの剣撃は弾かれる。


 ……と、思ったのも束の間。チェロがクレアからの攻撃に気を取られている間に、エリスは二つの魔法陣を完成させていた。



「樹木の精霊・ユグノ! 鉄の精霊・アグノラ! 交われフュージア!!」



 同時に出現した二種類の魔法は、彼女の命じるままに混ざり合い……植物の蔓と鉄製のワイヤーが絡み合った、一本の強靭なロープとなった。

 それがまるで生き物のように動きながら、一直線にチェロの方へと向かう!



「……!! しまっ……」



 それに気付き身構えるが、時すでに遅し。

 エリスの生み出したロープは、白衣の下のチェロの身体をうねうねと這い回り……



「……んあっ♡」



 きゅっ、としたたかに締め付けた。

 所謂いわゆる、亀甲縛りというやつである。彼女のスタイルの良い身体を絶妙な力加減で締め上げ、ボディラインを露わにしながらあちこち食い込ませる。



「んっふっふ。どう? 自分が教えた応用術に縛られる気分は」



 身体の自由を奪われ、内股で立ち竦む彼女にエリスが問いかける。

 チェロは頬を上気させながら、とろんとした瞳で、



「さ……最高れす……♡」

 


 と、息を荒くして答えた。

 羨ましい。まったくもって、羨ましい。

 などとクレアが考えていると、エリスはぱんぱんっと手をはたき、



「さて。これでようやく出発できるわ。クレア、行きましょ」

「はい。しかし、こちらの先生はこのままでよいのですか?」

「いいのいいの。なんなら公然猥褻罪で役人に連れて行かれればいい。それにしてもあんた、なかなかいい動きするわね。さすがは元諜報部のエース」

「とんでもない。貴女の噂に違わぬ素晴らしい魔術に、助けられたまでです」

「んで、あたしたちはまずはどこの治安を調査すればいいんだっけ?」

「オーエンズ領にある、イリオンという港街です」

「あ、知ってる! 海産物が有名なのよね。グルメ旅最初の目的地はお魚天国かぁ~♡ 待っていなさい、新鮮な海の幸! あたしが食べ尽くしてあげるわ!!」



 そう言って、腕をぶんぶん振りながら意気揚々と歩き出すエリスを。

 クレアはすぐ隣で、微笑みながら眺める。




 ──最初は、亡き恩師から託された、ただの"任務"のはずだった。

 それがいつの間にか、"自分の意志"に基づいたものへと変わっていった。


 『彼女のことを、もっと見ていたい』。


 交わらなくていい。ただ見守っていられたらと、そう思っていたはずが……

 まさかこうして、旅のパートナーになってしまうだなんて。


 彼女に出会ってから、随分と欲深い、我が儘な人間になってしまったな、と。そう思いながらも。


 彼女に出会う前にはなかった、このなんとも言えない温かな感情を……



 クレアはどこか、愛おしく感じるのだった。
















「……待っていなさい、エリス……すぐに私の元へ連れ戻してあげるんだから…………ぁんっ♡」







 - 第一部 完 -


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