14-1 そしてプロローグへ

 



 翌日。

 エリシアを"水瓶男ヴァッサーマン"事件の捜査に同行させるというクレアの提案は、国の上層部に認められた。


 国としてもこの事件は、早期に解決したい案件である。

 未知なる魔力を秘めた武器への対抗策として、エリシアはまさに適任と判断されたのだ。




 二日後。

 再び学院アカデミーの理事長室に呼び出されたエリシアは、治安調査員としての採用が正式に決まったこと、ただしパートナーを一人同行させる条件付きであることを告げられ、それを喜んで受諾した。




 かくして。


 ひと月後。

 エリシアは、クレアと共に(表向きは)治安調査の旅に出ることとなった。



 だから、彼女は知らない。

 自身が、危険を伴う特別な任務の一端を担っていることを。

 さらに言えば、それすら表向きで……



 全ては、一人の変態的なストーカーの思惑で仕組まれたことなのだということを。





 そして。

 二人が初めて顔を合わせる、その時が来た。






 * * * *






「──あなたが……クレアルド?」



 王都の外れ、南に位置する門にて。

 二人は、初めて言葉を交わす。


 彼女の唇が、自分の名を紡ぐ。

 その事実だけでもう、クレアは気を遣りそうになる。

 が、爽やかな笑顔を取り繕い、



「はい。あなたは……エリシア・エヴァンシスカさんですね?」

「そうよ。はじめまして」

「はじめまして。よかった。無事にお会いできて」



 嗚呼、すごい。

 あのエリシアちゃんと、会話をしている。

 目を合わせて、笑顔を向けられている。

 これって、もう……



 ……結婚してるのと同義じゃん………!!



 などと、クレアが脳内でぶっ飛んだ理論を展開していると、



「エリスでいいわ。あなたのことは……クレア、って呼んでもいい?」



 彼女が少し首を傾げながら、そんなことを言ってくるので。



 あ、愛称で呼び合う……だと……?!



 クレアは「ぐふっ」と小さく呻き、吐血しそうになるのを堪え、



「……ええ、もちろん」



 なんとか、返事をした。



 目の前にいるのが変態ストーカーだとはつゆ知らず、エリシア……エリスは実に楽しげに話し始める。この仕事に就けたことが、よほど嬉しかったらしい。



「やっぱり人間、生き甲斐がなくっちゃね。あたしはとにかく、美味しいものを食べるために生きているの。あなたには何か、そういうものはないの? 好きなものとか……生き甲斐と呼べるもの」



 彼女にそう問われ。



「生き甲斐、ですか……」



 顎に手を当て、天を仰ぐ。

 が、答えはもう明確だった。


 国の戦力になることこそが全てだった自分の、生きる目的を変えた存在。

 それは……



「……私の生き甲斐、『貴女』では駄目ですか?」



 正直に、そう尋ねてみる。

 すると彼女は「……は?」と顔をしかめた。


 当然だ。今日出会ったばかりの人間にそんなことを言われては、誰だってそうなるだろう。


 だけど、クレアにはその反応がとても可愛らしく感じられて。

 "彼女だけが何も知らない"ということに……ひどく興奮してしまって。

 思わず「ふふ」と笑ってから、



「すみません。実は私……貴女の、ストーカーなのです」



 微笑みの奥に妖しさを孕ませながら。

 あらためて、"自己紹介"をした。


 好青年全たる笑顔から放たれた意味不明な言葉に、エリスは、



「……あなたそれ、ジョークのつもりかもしれないけど、全っ然面白くないわよ」



 ジトッとした目で、冷ややかに返した。

 よもやそれが真実であるとは思うまい。クレアは笑みを浮かべたまま、



「あはは、すみません。おっしゃる通り、冗談を言うのは苦手でして。ですが、貴女のことを存じ上げていたことは事実です。『精霊を認識できる天才少女』として、かなりの有名人でいらっしゃいますから。どんな方なのだろうと、お会いできるのを楽しみにしていたのですよ」

「ふーん。ま、その天才的な能力を国のために使っていないんだから、どーせ悪名の方が広まっているんでしょーけど」



 口を尖らせて言うエリスに、クレアは首を横に振り、



「いいえ。私は……貴女が"自分の生き方"を貫く素晴らしい方だと、そう思っていますよ」



 ふわりとした笑顔で、真っ直ぐに伝えた。

 エリスは少し面食らったような顔をしてから、



「……あんた、よくわかんないヤツね」

「ええ。よく言われます」

「まぁいいわ。とにかく、これからよろしくね」

「はい。こちらこそ」



 エリスがふいに差し出した手を。

 クレアが胸を高鳴らせながら握ろうとした…………その時!




「ちょっと待ったぁぁああああっ!!」




 ──バチバチィッッ!!


 激しく明滅する電撃が、エリスとクレアの足元に直撃する!

 二人は咄嗟に後退してそれを躱し、声のする方へ視線を向ける。

 と、そこにいたのは……



「エリス! 行かないで!! ここへ残って、一緒に愛の精霊研究をしましょう!!」



 金髪美人教師、チェルロッタ・ストゥルルソンであった。

 白衣の内側に精霊入りの小瓶を大量にぶら下げ、鬼気迫る表情で叫ぶ彼女を見て。



 ……しまった。コイツの存在をすっかり忘れていた。



 とクレアは思うが、彼女とも直接対面するのは初めてなので、



「お知り合いで?」



 いちおう、エリスに問いかけておく。

 エリスは「はぁ」とため息をついて、



学院アカデミーの先生。なんか知んないけど付き纏われてる」



 面倒くさそうにそう言った。

 それを聞いたチェロはぶんぶんっとかぶりを振って、



「違うのよ、エリス! 私はあなたを心配しているの!! あなたほどの才能を持つ者が、治安調査なんて任されるはずがないのよ!! 何か裏がある……きっと危険なことに巻き込まれるに違いないわ! あなたは利用されているのよ!!」



 なんて叫ぶものだから。


 ……コイツ、痴女のくせに妙なとこ鋭いな。


 と、クレアは内心舌打ちをする。

 チェロの必死な言葉を、しかしエリスは鼻で笑い飛ばし、



「利用? ふん、上等だわ。あたしの美味しいもの巡りを邪魔するヤツは誰であろうと即・ぶっ飛ばす! その術を教えてくれたのは……チェロ、他でもないあなたじゃない? 魔法のイロハを手解きしてくれたこと、本当に感謝しているわ」



 そう言って、不敵な笑みを浮かべる。

 チェロは胸を打たれたようにフラつきつつ、



「ンンンンっ♡ その悪どいカンジも好きぃっ♡ だけど!!」



 ビシィッ!!

 と、チェロは勢い良くクレアを指差して、



「よりにもよって同行するのがオトコだなんて、絶対に認められないわ! アンタ一体、何者なの?! 私の可愛いエリスを、何に利用するつもり?!」



 突然、怒りの矛先を向けられたにも関わらず、クレアは初めてチェロと言葉を交わすことに何故だかわくわくしてしまい……



「え? ああ、私ですか? 私は……………

 この方の、ストーカーです」



 面白半分に、そう言ってみた。


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