13-5 タイトルの回収を始めます




「……と、いうことがあったらしい」



 クレアの現上司、特殊部隊アストライアーの隊長・ジークベルト・クライツァは、ため息混じりにそう言った。

 常に寄っている眉間の皺が、今はますます深くなっている。



「昨日、理事長が血相を変えて報告に来たそうだ。くだんの天才少女が、まさか治安調査員になりたいと言い出すとは……魔法研究所の連中も耳を疑っていたよ。何処もかしこも、今日はその件で大わらわだ」



 アルアビス軍本部の会議室にて。定例会議の前に雑談として持ち上がったエリシアの話題に、アストライアーの隊員たちから笑いが巻き起こる中。

 クレアは一人、納得をしていた。


 エリシアが卒業を目指していた理由。それは……

 国から給料をもらいつつ、各領地の美味いもの巡りができる仕事にいち早く就くため。そして、その希望を主張できるだけの価値を自身に付与するため。

 そのために彼女は、この一年間、必死にレポートをまとめ上げたのだ。


 ジークベルトは手元の書類を整理しながら再び息を吐き、



「まぁ、『取らぬ狸』で盛り上がっていた上も上だが……その少女も相当変わっているな。軍部と研究所、どちらの切符も手にしておきながら、それには目もくれずに治安調査員を所望するのだから。もちろん、治安調査の仕事を卑下する訳ではないが……エリート街道とはほど遠いポストであることは、事実だろう」



 その言葉を聞きながら、クレアは口元が緩みそうになるのを堪えていた。

 やっぱりエリシアは、エリシアだ。世間が決めた価値観に囚われず、自分が生きたい道を突き進む。そのために使えるものは、なんでも使う。

 国の上層部には申し訳ないが……彼女の希望が叶うようにと、願わずにはいられない。



「……と、雑談はこれくらいにして。定例会議を始めよう。まずは"水瓶男ヴァッサーマン"に関する調査報告から。クレア、進展はあったか?」



 ジークベルトに指名され、クレアは「はい」と答え、立ち上がる。



「"水瓶男ヴァッサーマン"の目撃情報、異様な力を持った武器や兵器の噂。二つの線で調査を進めてきましたが……オーエンズ領のイリオンにて、そのどちらにも該当する情報を得ることができました」

「イリオン……海に面した、港街だったか」

「はい。漁業で栄える、比較的大きな街です。そこで今、山賊まがいの連中が妙な動きをしていまして。なんでも、あの伝説の武器『風別かぜわかつるぎ』を本気で探しているらしく……」

「風別ツ劔? 封魔伝説に出てくる、あの?」



 顔をしかめるジークベルトに、クレアは頷く。


 『封魔伝説』。それは、この国に住まう者なら誰もが知っている、お伽話である。

 今から数百年前、邪悪な魔王によって人々は苦しめられていた。魔王を倒さんと、七人の賢者が立ち上がり、激闘の末、見事魔王を封印することに成功する……

 ……という、よくある話なのだが。


 その賢者の一人が扱ったと云われるのが、一振りで海を裂き、山を別つほどの風を生み出すという『風別ツ劔』なのだ。



「街の漁師や訪れた旅人からその在り処を無理矢理聞き出そうと、暴力的な手段に出る者までいるそうです。そこまでであれば、難癖つけて悪事を働くそこいらのチンピラと変わらないのですが……問題は、奴らが"フードの旦那"と呼ぶ人物の指示で動いているらしい、ということです」

「"フード"……なるほど。"水瓶男ヴァッサーマン"もフード付きのローブを身につけているのだったな」

「そうです。"水瓶男ヴァッサーマン"と似た風貌の男が、伝説上の武器を探し回っている……先のレーヴェ教団事件で回収した『焔の槍』も、封魔伝説に登場する賢者の武器の一つによく似ています。奴は再び強力な武器を手に入れ、信者を集め、国家転覆を目論んでいるのかもしれません。もっとも、そんな伝説級の武器がそういくつも存在するとは思えませんが……」

「ふむ。確かに、"水瓶男ヴァッサーマン"が絡んでいる可能性が高いな。クレア。イリオンの街にしばらく滞在し、入念な捜査をしてくれ。必要があれば、何人か連れて行って構わない」

「わかりました」



 報告を終え、クレアは席に着いた。


 エリシアの父親であり、クレアの恩師であるジェフリーの仇……"水瓶男ヴァッサーマン"の尻尾を、掴みかけている。

 あのような悲劇を二度と生まぬよう、確実に捕らえなければ。


 ……そう、決意する一方で。


 嗚呼、エリシアとはこれでお別れか。

 自分はイリオンへ、エリシアも王都を離れグルメ巡りの旅に出る……はずである。



 そうなれば、もう。

 二度と、会えないかもしれない。



 そう思った瞬間。



「………………」



 クレアの中に、言い知れぬ"黒い感情"が湧き起こった。

 それはもう、任務だとか使命だとか、そういったものでは抑えきれないものだった。

 そして。



 ………そうだ。



 と。

 彼は、あることを思いついてしまう。



「では、次の議題に移る。近ごろ王都で闇取り引きされている"非正規指輪リング"について。アル、報告を……」

「すみません、ちょっと」



 ジークベルトの言葉を遮って。

 クレアは、静かに手を挙げた。



「なんだ、クレア。まだ他に情報が……」

「例の天才少女の件ですが、上層部の方々はなんとかして国の重要ポストに彼女を迎えたいと、そう考えているのですよね?」

「は? ……ああ、その話か。まぁ、そうだろうな。治安調査員よりは、攻撃魔法の改良や、新種の精霊研究に精を出してほしいと、当然思うだろう」

「だったら……」



 ぴっ、と。

 クレアは人差し指を立てながら、にこやかに笑って。



「このアストライアーの一員になっていただくのはいかがでしょう。特に、今回の"水瓶男ヴァッサーマン"事件は『焔の槍』の前例があるように、未知の武器を相手にする可能性が高い。魔法研究所の方々によれば、武器の内部に精霊が封じ込められており、その種類を特定しないことには分解・無力化は難しい、とのことでしたよね。精霊を認識できる例の少女であれば、"水瓶男ヴァッサーマン"がもたらす未知の武器にも対抗できるのではないでしょうか」



 それは、たった今思いついた妙案だった。

 "水瓶男ヴァッサーマン"の捕縛。

 エリシアのグルメ巡り。

 そして、自分の見守り活動の続行。

 その全てを叶える為の、妙案……


 その言葉に、ジークベルトは腕を組み、



「確かに、ウチに加わってくれれば有り難い限りだが……問題は、その少女が首を縦に振るかだ。彼女にとって、ウチも軍も研究所も、そう変わらんだろう」

「でしょうね。だから、彼女にはあくまで治安調査員の仕事であると、そう伝えるのです。美味いもの巡りを楽しんでもらいながら、徐々にこちらの重要任務へと誘導をしていく……彼女あちらこちらの要求を満たす、いいアイディアだと思うのですが」

「なるほどな。しかし、その誘導は誰が、どのようにおこなう?」

「私が」



 やや食い気味に上げてしまった名乗りの声を。

 落ち着かせるように、一呼吸置いてから。



「私が、彼女をイリオンへと導きます。そして治安調査の一環として、不審な動きをしている山賊どもの根城に乗り込みます。あまり自慢できることではありませんが、人を欺くのは得意なので……彼女が気付かぬ内に、こちらの思惑に乗せてさしあげましょう」



 クレアは、言った。

 下心を悟られぬよう、冷静に、爽やかに。

 ジークベルトは考え込むように暫し沈黙をしてから、



「………悪くない案だ。わかった。この会議が終わったら、国の上層部に掛け合ってみよう」



 組んだ腕を解きながら、頷いた。

 クレアは、私欲のために任務を利用するという初めての行為に、言い知れぬ緊張と興奮を覚えながら、



「──ありがとうございます」



 優秀な隊員の面を着けたまま、そう微笑んだ。


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