13-4 タイトルの回収を始めます

 



 ──そして、今。


 エリシアは職員棟にある理事長室へと呼び出されていた。



 立派な執務机の向こうに座る眼鏡の中年男性……

 グリムワーズ魔法学院を統括する理事長である。


 彼は正面に立つエリシアに微笑みかける。



「エリシア・エヴァンシスカくん。君は本当に素晴らしい。精霊を認識できる天賦の才に加え、強い知識欲と向上心を持っている。このレポートは、君の努力の結晶だ。この学院で君に教えられることは、もうないよ」



 理事長の言葉に、エリシアは「ありがとうございます」と落ち着いた声音で返す。

 理事長が続ける。



「今後はより実戦的な環境で君の才能と知識欲を存分に発揮し、国に貢献してほしい。さぁ、好きな進路を選んでくれ。軍部か、魔法研究所か。どちらも君が来てくれること心待ちにしている。理事長である私からの推薦ということで、実技試験も学科試験も免除だ。これで君も、後世に名を残すエリートの仲間入り……」

「治安調査員で」



 遮るように放たれたエリシアの言葉に。

 理事長は、



「……………………は?」



 ぽかんと開けた口から、間の抜けた声を上げる。

 しかしエリシアは、にこりと微笑んで、



「あたしの希望する進路は、治安調査員です。それ以外は考えていません」



 そう、言った。

 理事長はわなわなと震え出し、



「ち……治安調査員なんて……末端中の末端じゃないか! 国中をその足で歩き回り、各領地に問題はないか調査する……身体さえあれば、誰にでもやれる仕事だ! いや、むしろ能無しが左遷されてやるようなモノだぞ?! それを、君のような優秀な人間が……」

「えぇ〜、それじゃあお話が違うじゃないですか」



 不満げな声で、エリシアは再び理事長の言葉を遮って。



「だって理事長先生、今『好きな進路を選んでくれ』って言いましたよね? なのに結局、軍部か研究所の二択なんですか? 困るなぁ、あたしの将来を勝手に決められちゃあ」



 そして、その赤い瞳をスッと細めて、



「『国に貢献してほしい』? おかしなことを言いますね。生徒の希望する将来を後押しするのが"学校"という場所なんじゃないんですか? この学院に入ったのも、必死こいて勉強したのも、新種の精霊を発見したのも、国のためなんかじゃない。全ては"あたし自身のため"ですよ。それが間違っているとは思いません。だって、あたしの人生なんですから」

「じゃ、じゃあ……何故君は、こんな卒業を早めるようなレポートを私に提出したのだ? 一刻も早く実戦の場に身を置き、出世したいからでは……」

「だぁから、言ってるじゃないですか」



 エリシアは、バンッ! と執務机に手をつきながら、



「治安調査員になるためですよ。国から給料をもらいつつ、全国津々浦々の美味しいものを食べ歩くことができる……最っ高の仕事じゃないですか! 魔法で食べ物が生み出せないことがわかった以上、学院にいる理由はもうありません。あたしに残された道は、コレしかないんです!!」



 いや、なんの話?!

 と喉まで出かかったツッコミを、理事長は飲み込んだ。

 何を言い始めるかと思えば……美味しいもの巡りがしたいがために治安調査員をやらせろ、だと?



「そ、そんなこと許されるわけがないだろう! 君みたいに貴重な人材が、そんな泥臭い仕事……絶対に"中央セントラル"にいるべきだ!! 美味いものが食べたいのなら、"中央セントラル"で高給取りになったらいいじゃないか!」

「はぁ〜。わかってないですね、理事長。高いものイコール美味い、とは限らないんですよ。それにあたしは、このアルアビスの各領地ごとの特産品やご当地グルメを楽しみたいんです。いくら"中央セントラル"で高い給料稼いだって、現地に行かなきゃ食べられないものがあるでしょう? そうした諸々を考慮した結果、治安調査員という職業があたしの希望する生き方に最も近いと結論付けたのです。もし、その職に就かせてもらえないのなら……」



 ニタリ、と。

 エリシアは悪い笑みを浮かべて。



「どっか他の国に移住して、そっちでバンバン精霊研究してやりますから。魔法技術を発展させて、武装力ブチ上げて、このアルアビスに喧嘩売りますよ。あたしの特異体質があれば不可能じゃない。それは理事長も、よくご存知でしょう?」



 なんてことを言ってのけるので。

 理事長は、額から汗を垂らし、



「き、君……私に……いや、国に脅しをかけるつもりか……?!」

「脅しだなんて人聞きの悪い。これは取り引きです。国としては、あたしを目の届く範囲において置きたいんでしょう? 国が管轄する職業の中で選ぶとしたら治安調査員がいい、と言っているだけです。その希望が通らないのなら、あたしはあたしで自由にやらせてもらう。筋の通った話だと思いますけど」

「し、しかし……」

「しかしもカカシもないっ!」



 バンッ!

 エリシアは再び、執務机に手をついて、



「兎に角。治安調査員以外ありえませんから。国に話通しておいてくださいね、理事長せんせ♡」



 ニコッ、と愛らしい笑顔を残して。

 彼女はそのままスタスタと、理事長室を去って行ってしまった……


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