銃と少女と異国の旅路

名瀬口にぼし

銃と少女と異国の旅路

プロローグ

第1話 武器倉庫

 その貸倉庫は、大量の中古の銃が発するガンオイルの匂いで満ちていた。


 窓がなく暗い倉庫内を、大きく開け放たれた扉から射しこむ日の光が照らす。

 自分の背丈以上に積み上げられた木箱が黒い影の中で浮かび上がっているのを、シャラーレフは満足げに見上げた。


 隣に立つ中年の男が指で箱を数え、シャラーレフに確認する。

「注文があった品はこれで全部だ。間違いはないか?」

 高く澄んだ声で、シャラーレフは答えた。

「はい。ライフル銃二千丁と新型機関銃五丁。そして十二センチ榴弾野砲二門ですね。確かに受け取りました」


 繊細なまつげの奥の緑色の目が、喜びにきらめく。


 シャラーレフの金細工のように輝くブロンドの髪は三つ編みにして後ろでまとめられ、愛らしく整った顔にはうっすらと化粧が施されている。

 真っ白なコートの下に同じく白いワンピースを着て、黒色の厚手のタイツとボアブーツを履いた姿は、まぎれもなく少女であった。


 おおよそ暴力的な事とは関係があるとは思えない華奢な可愛らしさ。

 だが、軍隊から払い下げられた銃を売るその中年の男が武器商人であるように、武器を仕入れ、それを必要としている人間のもとに届けるシャラーレフもまた武器商人であった。


「では、こちらで全額でよろしいですか?」

 シャラーレフは丁寧な物腰で鞄から麻袋に入った金貨を取り出し、男に手渡した。

「まいどあり」

 中年の男が麻袋の重みに、下衆な微笑を浮かべる。金貨に向ける視線と同じ目でシャラーレフを見つめ、男は続けた。


「確か、嬢ちゃんは一人だったな。どうやってこれを持って帰るんだ? 何だったらうちで、運び屋を手配してやろうか」


 しぶとく抜け目なく、男は次の商売へと持っていく。

 親切そうに装ってはいるが、打算を隠す気はないようだ。


 男の言う通り、シャラーレフに仲間はいない。武器とともに次の目的地に行くにはそれなりの運び屋なり護衛なりが必要であった。

 にやけ顔の男を一瞥し、シャラーレフは新たな提案の価値を判断する。


(この方が紹介してくださる運び屋さんなら、お金を払えば依頼はちゃんとこなされるでしょうね。人間性はどうだかわかりませんけれども)


 今回の商談をする中で、シャラーレフはそう思う程度には男を信頼し、また見限っていた。

 代金に見合った武器をきちんと用意する誠実さがあると同時に、自分の商売のためには多少の犠牲もよしとする薄情さもある。そういう男である。


(ですが、それではだめです。私の祖国を救う、この仕事では)


 シャラーレフにとって、これが武器商人として初めての取引である。そして同時に、人生で最初で最後の重大使命でもあった。


「お気持ちは嬉しいですが、遠慮させていただきます」


 シャラーレフは軽く目を伏せた。

 そして、目の前に並んだ大きな木箱のうち一つの蓋をはずす。

 中には小銃がいくつも詰め込まれていた。

 木製の銃床のついたそれは、鈍く仄暗い光を放つ。


 ぎっしりと重々しい箱の中の眺めに、シャラーレフはかすかに笑みを浮かべ、白く細い指で愛おしげに銃身をなぞった。


「これはただの武器ではありません。私の祖国を解放するための、大切なものです。ですから運ぶ人間も、きちんとふさわしい人を選びたいんです」


 シャラーレフは率直に考えを伝えた。

 男が上着の内側に金貨の入った麻袋を突っ込みながら、頭をかいた。


「そんなら、仕方がないな」


 迷いのないシャラーレフの言葉に、男はあっさりと引き下がった。

 余分な売り込みが少ないことが、この男の美点の一つである。それは、相場からあまり値引きしないこの男をシャラーレフが商談の相手として選んだ理由でもあった。


「ご理解していただき、感謝いたします」


 シャラーレフは男に向き直ると微笑み、手を差し出して握手を求めた。

 男は応じ、シャラーレフの手を握った。手汗で湿った、肉付きのよい手のひらである。


「おたくの言う祖国解放とやらが、うまくいくといいな」

「ええ、必ず実現させます」


 シャラーレフは、誇らしげに笑った。朱色の口紅をさしたくちびるがほころぶ。

 営業用の適当な笑顔を返し、男は手を離した。


「じゃあな、嬢ちゃん」

 軽く会釈をして、男が歩き出す。

「それでは、ありがとうございました」

 シャラーレフは、深々とお辞儀をして男を見送った。


 男は倉庫群の前に整備された運河沿いのレンガの通りを歩いてゆく。男の姿が小さくなるのを見て、シャラーレフは一つの仕事が終わった達成感を得た。


「さて、ここからが肝心です」


 くるりと振り返り、シャラーレフは小銃の詰まった箱でいっぱいの貸倉庫の中を見据えた。


 台車をはずしても木箱に入らなかった大砲は、ほこりよけに布を掛けられ鎮座していた。砲門の形が、布の上からでもよくわかった。

 新型の機関銃は、三脚を折りたたまれ特製のケースに収納されている。


 運河の水の上を吹く冷たい風が、コートを揺らす。


「ゲルメズの禁輸を破り、これを祖国・セフィードへ持ち帰るのが私の使命なのですから」


 木箱の山を前に、シャラーレフは自分自身にそっとつぶやいた。

 火花のように輝く目には、強い意志が宿っている。


 数年ほど前に内戦を終えたここアーザル国で値崩れしているこの中古の武器の数々は、もうすぐ戦争状態に入るであろうシャラーレフの祖国セフィードに密輸すれば結構な富をもたらす。


 だが、シャラーレフは金には一切興味がなかった。


 求めるのは、武器が持つ、祖国を救う強い力である。

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