体育祭は涼風とともに①
「今月は体育祭だね」
対面からの言葉にアキラは顔を上げる。その視界に入ったのは大きな眼鏡で顔を隠したタツミで、彼はそのままつまらなさそうに話を続けた。
「アキラさんは何の競技に出るの?」
「私はうたた寝してる間にドッジボールになってた。タツミくんは?」
「バレーボール。面倒臭い」
「いい刺激になるかもしれないよ?」
「しばらくはいらないかな」
怪我もほぼ治り、どことなく以前よりも落ち着いたタツミの様子にアキラは安堵する。どうやらもう刺激を求めて無茶をすることはなさそうだ。
アキラとタツミは学園から少し離れた駅前のファミリーレストランで向かい合って座っている。
タツミの手元にはアイスコーヒー。そしてテーブルには授業で使う英語教材が開かれていた。
「私の勉強に付き合ってもらって本当にごめんね」
「いいよ別に。ほらここの文法間違ってるよ」
「あ、はい……」
申し訳なさそうにアキラが肩を落とすと、タツミは気にしない様子で勉強を促す。
アキラは必死に目の前の英単語を読むが、そうしている内にふと今日見た夢を思い出す。
クラスで体育祭の競技を決めている最中に、アキラは突如微睡みに落ちてしまったのだった。
そこで見たのは時折夢に現れる羽織の男性と、まだあどけない少年の姿。
『指切りげんまん、嘘ついたらーー』
恐らく針千本と続くはずだったその場面で、夢から覚めた。
すると体育祭に関するクラス会議は終わっていて、黒板に書かれたアキラの名前はドッジボールの欄にあったという訳だ。
「こら、集中!」
「あいたっ」
すっかり手を止めていたアキラはタツミの手刀で現実に引き戻される。
「色々あるのは分かるけど、追試まで落としたらシャレにならないでしょ。ただでさえ星野に目つけられてるんだから」
「う」
アキラと星野が一悶着あったのを知っているのはタツミだけだ。痛いところを突かれアキラは言葉に詰まる。
いっそのこと、タツミに本当の事をーー星野の正体について話した方がいいのではないか。
元々トーマに相談するつもりではいたし、星野とのことならタツミにもちゃんと言った方が妙な誤解も完全に解けるだろう。
「あのねタツミくん、星野先生のことなんだけど実はーー」
「やっぱりそういう関係?」
「違うからね!?」
「冗談だよ。この話題になるとアキラさんホント反応いいよね」
愉快げに笑うタツミをじっとりと睨んだアキラだったが、視界の端に一瞬何かが光ったのに気付きそちらに目を遣る。
二人の座るテーブル席の、通路を挟んだ隣の席に二人組の女子が並んで座っている。
アキラが不思議そうに見るのに気付き、慌てて何かを隠した。
今の光ってもしかして……。
一つの可能性がアキラの脳裏に浮かんだ瞬間、大きな背中が二人を遮るように現れた。
「お客様ぁ~困りますぅ~!」
「え?」
「店内での撮影はご遠慮くださいませぇ~」
「なにこいつ……ねえもう行こう」
女子二人組に注意をしたのは赤いエプロンを着た店員だった。思わぬ大声に女子は顔をしかめて席を立つ。
アキラたちとそう歳の変わらないように見えるその店員はお盆を片手に女子を見送り、そのまま勢い良く反転してタツミを指差した。
「おいお前ら目立ってんだよ! タツミてめえ有名人の自覚あんのかこら」
「リョウ……? 何してるんだよこんなところで」
「バイトだよバイト! 盗撮されてんのを止めてやったのになんだその言い草は」
やっぱり撮られていたんだ!
アキラが一瞬見たのはカメラのフラッシュだったらしい。去って行った彼女たちはシャッター音を消してタツミのことを盗撮していたのだ。
迂闊だった。タツミが人目を引くことを失念していたことを後悔する。
タツミの知り合いであろう店員に、アキラは頭を下げる。
「あの、ありがとうございます。えっと……」
なんだかすごく、強そう。その眼光の鋭さから、アキラは眼前の人物を見て思った。
厨房に居たのだろうか、きっちりとエプロンを着込み、鍔付きの衛生帽からは鈍色の髪がはみ出ている。格好はちゃんとしているのに、その態度と言葉遣いは明らかに接客の場には適していない。
「こいつは
上ノ原リョウ。アキラはその名前を確かに知っていた。桜中央学園に転校して来て二ヶ月、会話をしたことはなかったが噂がちらほらと聞こえてきたのだ。
今時聞くのも珍しい、『桜の喧嘩番長』なんていう呼ばれ方をしているという噂を。
そのせいで一部の男子以外は寄り付かない存在だと。
しかし今アキラの目の前にはエプロンに身を包んだなんとも家庭的な男子の姿があった。
「えっ上ノ原くん!? 随分雰囲気が違うような」
「これはバイト仕様だ文句あんのか転校生」
「ちょっと、そう言う言い方するから誤解されるんだろ。ごめんねアキラさん。こいつ目つき悪いし番長なんて呼ばれてるけどそんなに悪いやつじゃないから怖がらないで」
「怖くなんてないよ! あの子達を追い払ってくれてありがとう」
「そうだね、助かったよ」
重ねて礼をするアキラとタツミに、リョウは鼻を鳴らして踵を返した。
「まったく、気ぃつけろよ!」
「はいはい」
周りの客の注目を集めながらずんずんと足を鳴らすリョウ。
「あと!」
そろそろ怒られそうな大声とともに、リョウは再びタツミとアキラに指を突き付けた。
「お前らちゃんとお祓いに行け!」
「え?」
「は……」
言い放たれた二人の表情は凍りつく。タツミが口を開きかけた時、リョウの背後から更なる大声が響き渡った。
「こらーーー! 上ノ原!! お客様に何を言っとんじゃ!!」
「げっ店長! お客様申し訳ございませんでした~どうぞごゆっくりぃ~」
「あっ待って……」
店長と呼ばれた男性にどやされながら、そそくさと厨房へと戻って行くリョウの姿を見送る。
アキラとタツミは目を見合わせた。
「ねえタツミくん」
「一応言っとくけど、幽霊の件は誰にも言ってないよ」
「そうだよね。でも今……」
「まさか」
彼は自力で気が付いたというのか。
アキラの呪いと、タツミの中の
「「まさかね」」
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