散りばめられた謎⑤
「大丈夫だって言ってるだろ」
「そんなふらふらして、説得力ねーぞ」
「また倒れたら今度こそ親御さんに会わせる顔がなくなってしまうよ」
クジラに体を譲った後からぐったりとしているタツミを駅まで送って行くことになった。
本人は一人で大丈夫だと言い張るが、憑依後の倦怠感を知るトーマが元々の面倒見の良い性格も相まって反対し、結局仲良く帰路につくことになった。
しかしアキラは理事室から出ず、二人に手のひらを向けた。
「私、理事長にまだ話があるから先に帰ってて」
「ん? 何かなアキラ君。新しい魔除けグッズのことなら……」
「違います!」
「でも不審者のこともあるから一緒に帰ろうぜ」
「他の部活帰りの子に紛れて帰るから平気!」
アキラはこの機を逃すまいと白鷺を捕まえ、再度理事室に引っ込む。バタンと閉められる戸を呆然と見送り、トーマとタツミは目を合わせて呟いた。
「あの二人、何だかんだでいいコンビなんじゃない」
「はたから見たら怪しさ全開だけどな……」
*
「それでアキラ君、話とは?」
ソファに戻った白鷺が対面のアキラを不思議そうに見る。こうやって二人だけで話をするのは久しぶりだった。アキラは申し訳なさそうにスカートの裾を握りしめて言った。
「前にも言ったんですが、理事長に謝りたいことがあって……」
「ふむ。私の方こそ君に謝るべきことが山ほどあるが……とりあえず聞こうか」
「私、『クジラ』の儀式が始まる前に、また霊の姿を見ていたんです。それを黙っていました。もし理事長に報告していればもっと警戒できたかもしれないのに」
白鷺はピクリと眉を動かし首を傾げた。
「それは……一体何故かな」
「私、一緒に呪いを解くって言ったのに。ちょっとだけ、理事長のこと信用してなかったんだと思います」
「ええーーーっ!?」
アキラの隠す気もないその言葉に、白鷺は雷に撃たれたように硬直する。しばらく天を仰ぎ見てようやく口を開いた。
「ひひひ酷いよ! 信用してないって何でっ」
「だ、だって理事長初対面から怪しかったし、穴の中に私だけ入らせるし、助けに来たくなさそうだったし!」
「うっ! それについては誤解を招いた僕も悪かったけど」
「それに、」
アキラは星野の言葉を思い出し、それを振り払うように頭を振った。星野が白鷺を怪しんでいるから不安になった、とは言えない。
「それでも、理事長は何だかんだ言って危ない時は駆けつけてくれた。呪いについて一番真剣に考えてる。そう、思い直したんです! だから、本当にごめんなさい! これからは起こった事全部言いますから!」
「アキラ君……」
白鷺はしばらく頭を下げたままのアキラを見守っていたが、ひとつ息を吐いてその肩に手を置いた。
「謝らないでくれ。私こそ君には申し訳ないと常々思っているよ。こんな事に巻き込んでしまって。信用されなくても仕方がない。私はこんなだから、考えが足りないことも多くあるし。君を悩ませてしまったことも原因は私にある。……ただ一つ、君に言いたいことがあるんだ」
白鷺はそう言ってアキラに向き直り、しょぼくれたままの目を覗き込む。
「君を頼りにしている。『転校生』だからではない。アキラ君、私は君を信じているからね」
「理事長……」
『転校生』という特別な枠組みに囚われてしまったアキラにとって、その言葉は不思議と胸に沁みた。
アキラは白鷺を見つめ、そしてこくりとひとつ頷く。
「はい、私も信じます。これからもよろしくお願いします」
「うむ! こちらこそだよ!」
二人は目を合わせてがしりと手を握り合った。それはまるで熱血ドラマのようだったが、そのおかげでアキラの心の中でもやもやとしていたものがぱっと晴れたようだった。
「ほら、誰かが私のこの学園に対する余りある情熱を抑えてくれないとね! 保護者の皆さんも校舎に魔除けグッズばかりあると心配するだろうからね!」
「そこは自覚していたんですね」
「ああそうだ。グッズといえば不審者対策にアキラ君にも邪視避けのナザールボンジュウを用意しようと思ってるんだが」
「理事長とお揃いは絶対嫌です」
「何で!?」
*
若葉が風に揺らされさらさらと鳴る。木立の隙間から日が差し、小柄な少年はそれを眩しそうに手で遮った。
「ねえ先生! 俺にも武器を教えてよ。いつまでも座学と運動だけじゃあつまらないんだ!」
「そうだなあ。もう少し体が大きくなったらね」
そう言う羽織姿の男性は少年の側に寄り、背を測るようにその頭に手を乗せた。
「あっそれって俺がちびだってことか!? 先生までそんな事言うなんて酷いぞ!」
「すぐに伸びるさ。そうしたらきっとお前は強くなるよ、ーー。お前は目が良いから、弓でも教えようか」
「やった! 約束だぞ先生、はい指切り」
ーーが差し出した小指に男性はそっと自身の指を絡めて笑う。
「指切りげんまん嘘ついたら」
ーーー嘘をついたら?
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