『クジラ』の儀式②
日が暮れた校舎を無我夢中で駆けるアキラの頭の中はただただ疑問符でいっぱいだった。
何故、いきなり『クジラ』の地上絵が出現したのか?
一体誰があの地下空間に居るのか?
考えてもキリがないが、一つだけはっきりと分かることがあった。
カリッ……カリッ……カリッ……
硬質なものをひっかく音が脳内で再生される。あれは恐らく『クジラ』の儀式の予兆だったのだ。アキラは霊に遭遇していながら、星野の言葉に惑い白鷺への報告を怠った。
アキラはぎゅっと唇を噛みしめる。もっと自分が賢明だったら、もっと冷静だったら。誰かが儀式に巻き込まれるのを防ぐことができたかもしれない。
「私の……馬鹿!」
悔しさを滲ませながら、アキラは白鷺とトーマが待つ倉庫を目指した。
「来たか! アキラ君」
「お、おまたせ……はあっ……しました」
「早速だが行けるかい?」
「もちろんです」
倉庫前で待機していた白鷺からタブレット端末と防塵マスクを受け取り、代わりにアキラは自身の携帯電話を差し出す。その画面には先程撮影した『クジラ』がいっぱいに映し出されていた。
「間違いなく『クジラ』の地上絵だな……。トーマ君と合流して地下に向かってくれ。詳しい指示は端末から出す」
「分かりました。あの、理事長……私謝らなきゃいけないことが、」
白鷺は焦りを抑えたような表情で首を傾げ、「後でゆっくり話そう」とアキラの肩を叩く。アキラは悔しげに眉を顰め一つ頷く。ぽんと白鷺に背を押され、アキラは地下への入口に向かった。
倉庫の裏はすでに白い霧に包まれていて、目をこらしてようやく人影を捉えることができる程だ。ゴーグルをしたトーマが片膝をつき、霧の噴き出す地下への入口を覗き込んでいる。
「来たか。すげー視界が悪い」
トーマはアキラの姿を見て呟く。アキラも「うん」と同意し、誘うようにぽっかりと開いた地面の穴に目をやった。
「この霧、嫌な感じがするぜ」
「……そうだね」
アキラとトーマの目線が交わる。まるでそれが合図であるかのように、二人は地下へと足を踏み入れた。
視界不良の中、端末の位置情報を見ながら慎重に歩を進めていると、トーマがふと口を開く。
「なあ、本野。もしもこの前みたいに霊が誰かに憑りついていて暴れてるようならお前は逃げろよ」
「えっ? なんで今さら」
「今さらも何もあるかよ」
トーマはアキラに言い聞かせるように続ける。
「霊だろうが人だろうが俺がぶっ倒す。相手が動かなくなったらこの指輪でもその十字架でも使って封じ込めちまえばいい。だからお前は下がってるんだ」
「そ、そんな乱暴な……憑りつかれてる人になるべく怪我がないよう助けなくちゃ」
「いや、トーマ君の言うとおりだ」
端末から白鷺の声が響く。
「相手を倒すつもりでかからないとこちらが危険だ。もちろん生贄の保護が目的だが、君たちに何かあったらそれこそ打つ手がなくなってしまう。アキラ君は安全な距離を保ちつつトーマ君のサポート。トーマ君は無理をせず退却も頭に入れて――」
「……安全な距離なんて、なかったじゃない」
アキラは納得のいかない表情で首を振るが、白鷺は続ける。
「本当は地下の探索を進めてからじっくり作戦を練るつもりだったんだが……やはりそう上手くはいかないものだ。時間もない。アキラ君、今回はトーマ君の言うとおりにするんだ」
「もしもの時は私だって囮くらい……」
「駄目だ!」
傍で響いた大きな声と肩を掴む強い力に、アキラは目を見開いた。見るとトーマがアキラの肩を掴んだまま顔を伏せている。
「『そんなことは絶対にさせない』」
圧を感じさせるその言葉に、アキラは一瞬ひやりとする。
「トーマくん……だよね?」
肩に乗ったままの指には蹄鉄の指輪が光っている。それでもアキラは問わずにはいられなかった。トーマはその問いかけに一拍置いて、ゆっくりと顔を上げる。
「ああ、俺は俺だよ。本野、分かってくれ。俺もあいつもお前を危険な目に遭わせたくない。本当は地上で待っていてほしい」
「それは駄目だよ」と白鷺の声が入る。地下に一人で入らないという決まりを、アキラもトーマも忘れているわけではない。
「心配かけてごめん……足手まといにならないよう努力するよ。それに、これは他人事じゃない。私自身のやるべき事だから」
呪われているのは自分であるのだから、トーマにおんぶに抱っこではいけないとアキラは重々承知していた。
「分かった。……無茶するなよ」
トーマは軽くため息をつき、白く覆われる通路を黙って進み始めた。その後ろ姿を、アキラはじっと見つめる。
――さっきのトーマくん、なんだか少しハチドリみたいだった。もしかしたら、人格に影響が出ている……?
言いようのない不安に駆られながらも、アキラにはこの地下空間を進む他なかった。
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