星と霧の小夜曲⑧
タツミは顔が良くスタイルも良いので、異性にとても人気があるであろうことはアキラにも予想ができた。
アキラはタツミと話さなければならないことがある。
しかし、放課後のまだ生徒で溢れる隣のクラスに突撃し、「神崎タツミくんいますか」と言い放つ勇気がない。
好奇の目で見られることはもちろん、彼のファンに目をつけられることは平穏な学生生活を望むアキラにとって避けるべき事であることは間違いなかった。
頭の片隅で良くないとは思いつつ、アキラは放課後荷物をまとめ教室を出たタツミの後をこっそりと尾行することにした。
タツミがひとりになったタイミングで、話しかける。アキラにはこれしかなかった。
タツミの誤解をとき、すぐに理事室で白鷺と今夜の作戦を話し合わないといけない。白鷺の言葉どおり試験期間中は学業を優先したが、幽霊探しが切迫しているのは変わらないのだ。なるべく早く行動するために、うじうじと考えている暇は無かった。
「あれ?」
タツミは校舎を出た後、何故か校門に向かわず方向を変えた。一定の距離を保ちながらアキラもその背中を追い、ふと気付く。
このまま行くと倉庫しか無いけど……。
アキラは焦りの表情を浮かべる。倉庫は白鷺の魔除けグッズと地下探索のためのPCなどで埋まっていて、万が一誰かに見られたらあまりの怪しさに騒ぎになってしまうかもしれない。
理事長、倉庫に鍵かけてるよね。大丈夫だよね。
白鷺の呑気な笑顔を思い浮かべながら歩を進める。タツミが何故倉庫に向かっているのか、アキラはそこまで考えていなかった。
「はい、捕まえた」
「えっ!?」
タツミを追って倉庫まで辿り着いたアキラは、ほんの一瞬の間にその姿を見失ってしまった。
まさか、倉庫の扉が開いていて中に入ってしまったのでは。
悪い予感に慌てて倉庫の扉を確認しようと飛び出したアキラは、突然背後に現れたタツミにその腕を掴まれた。
「さっきからバレバレなんだけど。話があるならそう言えば?」
「う……ご、ごめんなさい」
つまり、アキラのお粗末な尾行にとっくに気がついていたタツミはここまでアキラを誘導し、そして一瞬身を隠して焦るアキラの背後に回ったのだ。
バレバレと言われ羞恥から俯くアキラだが、開き直るように顔を上げる。
「この間の、先生とのことで話したいことがあって」
「そうかなと思って、ここに来たんだけど。トーマとの待ち合わせに使ってるなら人来ないんでしょ」
タツミの言葉に昼間の会話を思い出す。確かに倉庫裏で待ってる、とトーマが言っていた。それを覚えていて敢えてここに来たのかとアキラは感心する反面その冷静な思考に少しの恐ろしさを感じた。
「……裏に来て」
「そんな顔しないでよ」
怖い先輩に呼び出されてる気分。などと軽口を叩くタツミに対し、手に負えないかもしれないといった様子で背中を丸め鈍い足取りで倉庫裏に移動するアキラだった。
手入れのされていない雑草で生い茂った倉庫裏の一角で、二人は向かい合う。面白そうに笑みを浮かべるタツミが目に入り、ため息を我慢しながらアキラは口を開いた。
「星野先生とは本当に何もないから」
「ふうん」
「信じてないよね……」
「うん、そうは見えなかったから」
頑として自分の言葉を信じようとしない様子にアキラは頭を抱えた。これがただ同級生を心配している様子だったのならまだ良い。しかしタツミは明らかに面白がっている。それが一番の問題だった。
「教師と生徒の恋愛なんてドラマみたいで刺激的だよね。毎日飽きないでしょ」
「恋愛してないし刺激もいらないよ……」
これ以上刺激的な出来事が起これば今度こそ学校に来なくなるかもしれない。アキラは首から下げている銀のロザリオを握りしめた。
幽霊に呪われているから恋愛している場合じゃない!
そんなことはもちろん言えず、アキラは目の前のタツミを恨めしそうに見た。
「神崎くん、面白がるのはやめて。これからはその件で揶揄わないでほしいの。もちろんトーマくんの反応が面白いからってだめ」
「トーマは確かに面白いよね」
「真面目に聞いてよ」
尚も態度を変えないタツミにとうとうしびれを切らせたアキラが一歩距離を詰めると、タツミは大きな眼鏡の奥で目を細めた。
「退屈なんだよ」
「はい?」
「毎日毎日同じことの繰り返しでさ。これじゃあ昨日と今日の違いも分からない。たまには刺激的な出来事が起こってほしいんだ」
そう言うタツミの目はまた影を落としていた。先程より詰まった距離にも動じずに、頭一つ分以上背の低いアキラをただ見降ろす。
「私は平穏に過ごしたいから、神崎くんの気持ちがよく分からないな」
アキラの率直な言葉に、タツミの眉が僅かに上がる。アキラは身長の差に負けじとタツミの顔を覗き込んだ。
「……星野先生とのことはまだ疑ってるけど黙っておいてあげる」
「本当!? 絶対だよ。……あと、あの時教室間違えたって言って入ってきたの、わざとだよね。ありがとう。助かったよ」
「…………」
タツミは何も言わずにその場を去って行った。礼を言われると思わなかったのかもしれない。アキラには彼の表情が読めないが、話は通じたようだった。
残されたアキラはその背を見送り、大きく深呼吸をした。
お礼も言えたし、なんとかなったのかな。
自分にしては上出来だったということにして、予定していた理事室に向かおうと足を踏み出す。
その時突然、急激な重力に引かれるように足がもつれた。
「わあっ!」
慌てて目線を下げる。見ると膝から下が白く覆われている。足元だけではない、アキラの視界がどんどん白い霧でかき消されていった。
「え、えっ?」
突然真っ白になってしまった風景に、何も出来ず立ち尽くす。急な息苦しさと体の重さを感じ、アキラは口元を手のひらで覆った。
まさか。これは、もしかして。
カリッ……カリッ……カリッ……
アキラの耳に、何が硬いものを引っかくような音が響いてくる。
カリッ……カリッ……カリッ……
白い霧に包まれた視界。響く異音。一人きり。
アキラは体の震えを抑えられずに、音のする方向に目を遣った。
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