星と霧の小夜曲⑦

「お二人さん一緒にお昼食べるほど仲良いんだね」


 大きな眼鏡をかけていても、その整った顔立ちは隠せないようだ。神崎タツミはアキラとトーマの背後の窓から身を乗り出して口元だけ笑って見せている。


「おいタツミ、いつから居たんだよ」


「理事室でコーヒーをってところ辺りかな。……ねえ、あの後大丈夫だった?」


 そう言ってアキラの顔をぐいっと覗き込むタツミ。アキラはいきなり話題を振られはっとして口を開く。あの後、とは星野との一件の事だ。偶然その場に現れてしまった彼は大きな誤解をしているかもしれない。アキラは弁明のため頭を回転させた。


「あの後は大丈夫だったよ。えっと、神崎くん。変なところを見せてごめんね。私、四月に転校してきた――」


「転校生の本野さんでしょ。星野先生と付き合ってるの?」 


「はあ!? なんだよそれ」


 やはりいらぬ誤解を生んでしまったようだ。アキラは内心冷や汗をかきながら、タツミに食い掛かるトーマをなんとか宥める。


「違うの違うの! 小テストで居眠りしてたのを叱られてただけ。神崎くんが見たのは、星野先生とちょっとした言い争いになっちゃって……逆に親しく見えたのかも……うん」


 徐々に尻すぼみになりながらも苦しい言い訳をするアキラに、トーマは怪訝そうな視線を送る。


「言い争い? 本野と星野センセーが?」


「う、うん」


「へー」


 なんの感情も含まれない相槌はタツミのもの。アキラはちらりと彼を見るが、今の話を全く信じていません、といった表情が目に入り、心の中でがくりと肩を落とす。


「じゃあトーマと付き合ってるんだ?」


「なっなんでそうなるんだよ! ちげーよ!!」


「まだ付き合ってないって感じ? あ、余計なこと言っちゃったかな」


「や め ろ!!」


 どうやらタツミはトーマを突いて煽るのが得意らしい。アキラには自分をネタにしてトーマを苛めているように見えた。星野とのやりとりを見られている手前、次は何を言われるか分からないアキラはこの場から逃げ出したくなるが、そんなアキラの気持ちも知らず、タツミの追求は続く。


「だって夜待ち合わせするんでしょ。デートじゃないの?」


「ちっがう! お前盗み聞きするなよ!」


「勝手に聞こえてきたんだよ。ところで理事室に勝手に入れるなんて、随分特別扱いされてるんだね」


 タツミの追求が痛い所を突き、アキラとトーマは一瞬ぎくりと動きを止めた。確かに理事室でコーヒーを淹れてから地下へ行くという話をしていた。してしまっていた。しかしこんな時のために部活動という言い訳がある。ボランティア部を作る!と言い出したのは白鷺とアキラで、そのファインプレーに救われることがこんな風あったりするのだ。


「部活だよ部活! な、本野」


「ええ、私達ボランティア部なの。顧問が理事長だから、理事室に行くことが多いんだ」


「ボランティア部……?」


 いつだったかナギサに話した時と同じような反応を見せるタツミに、揃って顔を引きつらせる二人。


「部活って言っても、ただのメンドクセー雑用で何も特別なんかじゃないぜ。雑誌とかテレビとか出てるお前の方が十分特別だよ」


 トーマの言葉にタツミは一瞬瞳を曇らせる。アキラはその微細な変化に目を凝らすが、瞬きの間にタツミは笑顔に戻っていた。



「特別? そんなことない。俺はただの凡人だよ」



 そう言ってタツミは飽きたように窓から乗り出していた体を引っ込め、軽く手を上げ去って行った。去り際に見せた彼は笑っていなかったように見えて、アキラはやはり先ほどの変化は見間違いではなかったことに気が付く。


 タツミは『特別』という言葉を嫌っているのではないか。


 アキラはトーマをちらりと見ると、トーマも同じことを考えているような表情をしていた。


「去年はそうでもなかったんだけど、最近あいつツンツンしてるというか……イライラしてるというか」


「そう……なんだ」


 神崎タツミ。彼はあの時、星野とのやりとりをわざと止めに入ってくれたのではないか。アキラはその事に薄々気がついてはいたが、トーマの前でその話を続けるのは躊躇われた。いずれにせよ星野との誤解を解くために、彼とは一度話をしなければならない。


 アキラはタツミの後ろ姿を目で追い、果たして自分から話しかける勇気があるかどうかの自問自答を始めることになった。





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