星と霧の小夜曲⑥

 桜の花はくすんだ茶色になって地面に落ちている。排水溝に沿うように線になっているそれらは、咲いていた一瞬を忘れさせるほど彩色を失っていた。


 学園の中庭に植えられた桜の木はすっかりアキラの嫌いな葉桜に変わり、小さな若い芽が枝から頭をのぞかせている。


 一学期の中間試験を終えたアキラは、追試の不安を無理やり忘れながら次なる手を打つための作戦会議に臨んでいた。


「すげーなこれ。理事長が作ったのか」


「うん、そうみたい。ちゃんとした地図があると地下でも安心ね」


 中庭にあるベンチで昼食を取りながら、アキラとトーマは地下探索用のタブレット端末を眺める。前回進んだ道を白鷺がマップ化したものだ。距離や方角はもちろん、勾配もデータ化されたそれは、次に地下に行く時大いに役立つだろう。


 いつもこれくらい真面目にしてくれればいいのになあ。


 アキラの脳裏には魔除けグッズに囲まれてにやけている白鷺の姿が過っていた。


 散々だった試験の結果が出るのには一週間ほどかかる。その間は追試が有ろうが無かろうが時間が過ぎて行く。それならばもう開き直ってこのに専念しようという訳だ。


 普段はナギサと昼食を取るが、今日はナギサが午前で早退したため、こうしてトーマと二人で居る。ナギサは明るい性格の反面、体が弱く学校を休むことが珍しくなかった。体育の授業も見学しているので、もしかしたら持病があるのかもしれないとアキラは感じていた。


 ノートを届けに行くついでに、お見舞いに行こうかしら……。


 アキラがぼんやりと卵焼きを口に運びながら思考に耽っていると、トーマから真っ直ぐな視線を受けていることに気がつく。


「どうしたの?」


「偉いよなあ。毎日弁当作ってきてるのか」


「大したことない手抜きよ。朝詰めてるだけだもの」


「毎日学食か購買の俺からしたら、作ってるだけ偉いんだよ」


 晩ごはんの残り物と卵焼きを入れただけの弁当を凄い凄いと褒めるトーマに、アキラはもう少しちゃんと作れば良かったと後悔する。


 そんなアキラの乙女心を知らず、大きな口でジャムパンを頬張るトーマは片手でタブレットを好きに弄っていた。


「で、今日行くか?」


 トーマのその飾りのない問いに、アキラは食事の手を止め考える。それはつまり、今日地下に行き、残りの部屋を調べるかという質問だ。


 アキラとトーマが部活動を行う際に、白鷺から強く言われていることがある。


 ひとつ、ひとりで地下に入らない。


 ふたつ、万が一のために地上で誰か待機する。


 みっつ、地下での出来事は全て情報共有すること。


 今のアキラたちのことを考えると、アキラとトーマが地下を調べて、白鷺が地上で待機するという配置になる。学生の本分である試験が終わった今、白鷺の都合が良ければ二人は地下に行くことができる。


「理事長に今晩の都合を聞いてみるわ」


「ああ。俺はいつでも大丈夫だからな! メールくれれば、今晩倉庫裏で待ってるから」


「うん。ちゃんとジャージでね。汚れちゃうから」


「分かってるって! あ、理事室でコーヒー淹れてから行こうぜ。ハチドリがコーヒー気に入ったみたいでさ。砂糖山ほど入れるんだけどな。まったく俺が太ったらあいつのせいだ」


 アキラはトーマとハチドリが体を譲り合ってコーヒーを飲んでいる姿を想像して、思わず笑みをこぼした。


「良かったら今度……お弁当作ってこようか?」


 何の気なしにアキラが放った言葉に、トーマは一瞬固まってアキラにずいっと顔を寄せる。


「マジ?」


「う、うん。一緒に食べよう。三人で」


 アキラとトーマとハチドリの三人で。という意味である事に気付き、トーマはがくりと肩を落とした。


「あ、でもナギサの分も要るよね。でもナギサの前ではハチドリを出せないし……結局何人分になるのかしら」



「俺も食べたいから、五人分かな」



 ベンチの後ろから響いた声に、二人は慌てて振り向く。そこには、ベンチのすぐ後ろの窓に肘をつき身を乗り出している男子生徒の姿があった。その端正な顔立ちに見覚えがあるアキラは、驚きながらもじっと彼を見る。


「タツミ!? お前いつからそこにっ」


 トーマの言葉に記憶が蘇ったアキラは、あっと思わず口に手を当てた。


 星野先生と一緒にいた時の!


 確か、神崎と呼ばれていた。


 彼は、目を白黒させるアキラにニコリと笑いかけた。


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