星と霧の小夜曲①

 学校生活は何の刺激もない。毎日同じことの繰り返しだ。


 タツミは顔を隠すためだけの眼鏡を取り、シャツの胸ポケットにしまい込んだ。


 今日は午後から大事な撮影が入っている。元々教師に早退を伝えてはいるが、他の生徒からよく思われていないことは分かっていた。


 ーー芸能人気取りで自分が特別とでも思ってるんだろ。


 ーー感じ悪いよね。


 タツミがそんなクラスメイトに対していい顔をすればそうは思われなかったのかもしれない。しかし彼はそうしなかった。要するに冷めていたのである。


 街角で声をかけられスナップモデルをしたことも、その後モデルの仕事が増えたことも、タツミにとっては単なる暇つぶしでしかなかった。


 少し有名な雑誌に載っただけで友達づらして寄ってくる奴等にも何の感情もわかない。


 タツミは冷めていた。


 校門を出るところで物凄い勢いで駆ける女子とすれ違っても、特に気にせず学園を後にしたのである。


 

「アキラちゃん大丈夫?」


 げっそりとした顔で机に頰をつけるアキラに、ナギサが声をかける。か細い声で「うん」とだけ返事をするが、ナギサは眉を下げアキラの顔を覗き込む。


「まだ具合悪いんでしょう」


「ううん、大丈夫よ。本当に……」



 若菜から逃げたアキラは、真っ先に職員室に居る星野に縋り付いた。


「何があったんだ?」


「あの、この前の不審者がまた……」


「え!? 今度はどうした」


「えっと……」


 奇妙な方法でスカートの中を見られたとは言い辛く、しかし他にどう言えば良いか思いつかなかったアキラは躊躇いつつも口を開く。


「その、スカートを……」


 言い淀むアキラを見て察したのか、星野はアキラの肩を叩き教室へ戻るように促し職員室の奥に消えていった。アキラが職員室を後にすると、奥から教師たちの騒めきが響いた。



 こうしてぐったりとして教室に現れたアキラを、ナギサがすぐにキャッチしたというわけだ。


「無理すんなよ、また倒れるぞ」


 アキラの前の席からトーマが声をかける。まだ顔や首に絆創膏を貼っていたが、顔色は良いようでアキラは少し安心した。


「うん。ありがとう」


「あんたその絆創膏どうしたの」


「あー、ちょっとな」


 トーマがはぐらかすとナギサはむっとした表情をして食いかかる。


「アキラちゃんも手に包帯巻いてるし、二人で何か無茶したんじゃないの」


 ナギサの核心を突く言葉に二人は一瞬黙って目を合わせる。アキラはすぐにまた机に伏せ、トーマはふぅ、と軽く息を吐く。


「ちょっと部活で気合い入れすぎたんだよ」


「部活?」


「ボランティア部」


 はあ? とナギサは眉をひそめトーマとアキラを順に見つめる。


 トーマはハチドリの件からボランティア部に入部させられていた。もちろん理事長であり顧問でもある白鷺にだ。


 今後の幽霊対策にハチドリの協力を得られそうだと考えた白鷺は、嬉々としてトーマの入部届けを勝手に作成した。


 トーマも満更ではないようで、アキラが入部の意思を確認すると「知らないふりはできないからな」とあっさりと入部届けにサインをしてしまったのである。


「ボランティア部なんてあった?」


「最近できたんだよ」


「なんであんたがボランティア部……」


 ナギサは言いかけた言葉を途中で止め、机に伏せたままのアキラをちらりと見遣り納得したように二、三度頷いた。


「ははーん、なるほどね。一緒の部活だったら放課後も一緒に居れるもんね」


「だからお前は……!」


「ねえアキラちゃん私もボランティア部入りたいー」


「や、め、ろ!」


 二人の漫才のような掛け合いにも慣れた様子で、アキラは授業の準備を始めていた。


 次は星野の授業のはずだ。今頃職員室では若菜のことで話し合いが行われているだろうか。これまでも教師の見回りがされていたのに、また負担をかけることになってしまうかもしれない。


 若菜は何故自分にこだわるのか。アキラには分からなかったが嫌な予感がしていた。


 スカートのポケットに入れていた佐倉の定期入れが、若菜には見えていたと言う。あの時は羞恥と焦りでいっぱいいっぱいだったが、今考えるとおかしな話だ。


 どちらにせよ今日の放課後白鷺に伝えなければならない。スカートの上から硬い定期入れに触れる。アキラは疲れていた。


「ねえ見た? 今月号のmen's nonon!」


「見た! タツミくん出てたよね。かっこよかった!」


 クラスの女子たちの黄色い声も、今のアキラには何も響かない。トーマとナギサはいつのまにか言い合いを止めていた。


「タツミ最近すげー人気だな」


「タツミ?」


 アキラが聞き返すとトーマが頷く。


「隣のクラスの神崎かんざきタツミ。モデルやってんだよ」


「私、去年クラス同じだったんだけど、あまり話さなかった。ちょっと冷めてる感じ」


 へえ、と感情のこもらない相槌に、トーマとナギサは目を合わせる。


 アキラは疲れていた。


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