第四章

束の間の休息

 アキラが診察を受けに来た本田医院は、桜中央駅から歩いて数分のところにある小さな病院だ。


 白鷺の親戚が医者をしているのだと言う。アキラが寝込んでいる間に診察に来た医者がまさにその人だったそうだ。


 アキラは引っ越してきてから病院に行く事がなかったため、白鷺の紹介は有難かった。


「うん、熱も下がったし、手も肩も骨に異常はないね」


 『本田ほんだ』と書かれた名札をつけた医師は、にっこりとアキラに笑いかけて言った。その柔和な雰囲気にアキラも自然と微笑み返す。


「ありがとうございます」


「伯父から急に連絡が来た時は驚いたよ。まさか学園の呪いの話が本当だとはね」


 白鷺の甥である本田は、学園に伝わる呪いの事を聞いているらしい。アキラは何も言わずに静かに頷く。


「僕も白鷺の血縁だから、呪いの話は在学中から聞いていたんだ」


「先生もうちの卒業生なんですか?」


「そうだよ。僕がいた頃はいたって普通の学校だったけれど」


 そう言って本田は白衣のポケットから何かを取り出し、アキラに手渡す。いちご柄の紙に包まれたそれはコロリと手のひらで転がる。


「僕もきっと役に立てると思う。とね。何かあったらここにおいで」


 色々、の意味をアキラは想像がついていた。ちらりと見えた本田のデスクには、ピラミッドの置物やアヌビスの描かれた古書のようなものがあったのだ。


 血は争えぬとはこの事を言うのだろうと、アキラは病院を背に貰った飴玉を口に放り込んだ。


 甘酸っぱい味が口内に広がり、子供の頃を思い出すような、不思議な気持ちになる。


 がりっとその飴玉を噛み砕いたのは、アキラとしては本意ではなかった。自分でも制御できずに、その顔を見ただけで顎に力が入ってしまったのだ。


「こんにちは、『転校生』の本野アキラちゃん」


「…………」


 その男、フリージャーナリストの若菜は、まるでこの道を通る事を知っていたかのようにアキラの前に現れた。


「無視しないで。ね?」


「何の用ですか?」


 アキラは眉根を寄せ、若菜を警戒しながら答える。相変わらず人好きのする笑顔だが、同じ笑顔でも本田の柔和なものとは違う無機質なそれ。


「学校休んでたから気になって。その怪我どうしたの?」


「何で休んだこと知ってるんですか」


「君に興味があるから」


「…………」


 やはり無視しよう。アキラがそう決めて足を踏み出そうとした時、ふと若菜の視線がアキラの目から外れる。


「それと、君の持っているそれに大変興味がある」


「それ……?」


 若菜はアキラの腰あたりを指差している。アキラは訝しげにその辺りを触ると、ポケットの中に硬い感触があった。


 アキラははっと目を見張る。そこには白鷺に見せようと思って持って来た、佐倉の定期入れが入っていたのだ。


「な、なんで」


「いやー見えちゃうんだよね」


「――っ変態!!」


「ぐっ」


 アキラは顔を青ざめさせた後、思い切り鞄で若菜を殴りつけた。予期せぬ攻撃にその体がよろめくと、続けてバンバンと鞄を叩きつける。


「最低! スカートの中が見えるなんて、ありえない! 見ないで!」


「いやっスカートの中が見えるわけではなく……ちょ、落ち着いて」


 アキラは涙目で学園に向かって駆けて行く。残された若菜は何が何だか分からないような顔をした後に、悔しげに呟いた。


「だからちがうって……くそっアキラちゃん! 僕はあきらめないよ!」



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