『ハチドリ』の儀式⑤
アキラは勢いよく目を開いた。一瞬夢を見ていたようだ。そしてその夢の内容に強い憤りと、何もできない無力さを感じた。
同時に理解する。これは『彼』の記憶だと。転校初日に聞こえた声、校門前で何かを必死に伝えようとしていた姿。アキラの中ですべてが繋がり、すとんと胸に落ちた。
――やっぱりあなたの声だったのね。
アキラの中で恐怖よりも勝ったものがあった。それは使命感のようでただの自己満足のようで、同時に同情のようなものでもあったのかもしれない。
その不思議な感情に後押しされるようにアキラはふらりと立ち上がり、『彼』に対峙した。
「話を聞いて」
『黙れ……!』
再び炎を纏い始める『彼』の目を、アキラは真正面から捉えた。先程とは違う強い意志を感じさせるアキラの目に、『彼』は一瞬だけ躊躇った。
「話を……聞いて!」
炎を纏うトーマの体にいきなり突撃するアキラ。『彼』は虚を突かれ体勢を崩し、体重を乗せてくるアキラを引きはがそうと暴れはじめる。アキラは先程踏みつけられ腫れ上がった手で、トーマの顔面を掴んだ。
『やめろ! それを近づけるな!』
魔除けの指輪の付いた手で触れられたことが相当嫌だったのか、『彼』はアキラを突き飛ばしながら自身も石の床に倒れ込んだ。
アキラは肩で息をしながらさらにトーマの体に圧し掛かる。先ほどから炎に包まれているが、指輪のおかげでアキラには効かなかった。爆風の圧には歯を食いしばって耐えた。これくらい、『彼』の受けた仕打ちに比べたら何てことはないのだ。
「水なら……ある!」
アキラは肩からかけていたタンブラーの中身を、思い切り『彼』の頭からぶちまけた。
シュウシュウと音を立ててトーマの体が鎮火していく。アキラも『彼』もただ呆然とその様子を見ていた。コトン、とコーヒーが入っていたタンブラーを取り落とし、アキラは緊張の糸が切れたように粗い呼吸を繰り返す。
『彼』はただただ濡れた体を眺め、ずっと求めてきたそれを受け入れた。
『みず……水だ、何故。ああ、ああ――!』
がくりと床に伏せながら涙を流す『彼』に、アキラは「コーヒーだけどね」とぐったりとしながら言う。
「だってずっと言ってたから。聞こえてたよ」
『お前は……賊ではないのか?』
「さっきからそう言ってるでしょ!」
『彼』の敵意が急激に萎んだのを見て、アキラはある行動に出た。
『彼』の隙をついて魔除けの指輪を外し、トーマの指に嵌めたのだ。
不思議と指輪を抜いても頭痛は襲ってこなかった。代わりにのた打ち回るトーマの体を全身で押さえつける。
『くっ! うああああああああああああああ!!!』
「お願い、トーマくんを返して! お願い!」
ぷつりと意識を失い崩れ落ちるトーマの体を、アキラは泣きながら抱きしめた。
「トーマくん、お願い。戻ってきて……」
『彼』の炎はトーマの体を焼いていた。服の裾は燃え千切れ、あちこちに火傷がある。焦げた匂いとコーヒーの匂いが混ざった体に、アキラは泣きながら縋り付いていた。
『彼』が魔除けの指輪を嫌がるようだったから、指輪を嵌めたらいなくなるのではないか。というアキラの単純な思い付きが成功するとは限らなかった。
このまま目を覚まさなかったら。アキラは不安で体を震わせた。
「……本野、」
「! トーマくん!」
ゆっくりと目を開けたのはトーマだった。『彼』ではない。アキラは涙を堪えることもせずにトーマを抱きしめる。
「お前って、結構大胆だな」
「馬鹿………」
トーマはアキラに抱きしめられたまま、左手を自分の目の前にかざす。
その薬指には、蹄鉄の形が施された指輪が光っていた。
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