『ハチドリ』の儀式④

 炎に包まれた幽霊が、地に伏したままのトーマにゆっくりと近づく。あまりにも非現実的な光景にアキラは眩暈を感じていた。


「アキラ君、トーマ君を連れて外へ出るんだ! 


 白鷺の言葉で一気に現実に引き戻される。取られる、の意味は今のアキラにもよく理解できた。


 二人でトーマの元へ駆けるが、『彼』はそれを許さなかった。


 先程アキラを吹き飛ばした爆風は、今度は白鷺を直撃した。


「ぐっ!!」


「理事長ーっ!!」


 白鷺の体は宙に浮き床に叩きつけられる。部屋の外まで転がった白鷺が起き上がる前に、無情にもバタンッと大きな音を立てて石の扉が閉まってしまった。


 白鷺は部屋から閉め出されてしまったのだ。アキラは振出しに戻ってしまった最悪の状況に今度こそ言葉を失う。




 それは一瞬の出来事だった。アキラの目の前で炎となった『彼』が、床に転がるトーマの体を包み込んだ。


 炎がじわじわと消えると、トーマは俯いてその場に立っているのが見える。アキラが泣きそうになりながら声をかけようとする前に、トーマは口を開く。


 


『ああああああああ!!』




 聞いたことのないトーマの叫びに、アキラはへたりとその場に崩れ落ちる。トーマは頭を抱えて苦しそうな呼吸をしながら呪いの言葉を吐く。



『すべて、すべて燃え尽きろ!!! あいつらを殺したお前たちを許さない!!』


「トーマくん、」


『俺たちが何をした!? 何故殺した!!』


 こめかみや腕に血管を浮きだたせ怒りに呑みこまれたトーマの姿にアキラは恐怖を覚え、いやいやと子供の様に首を振る。

 

 トーマの体に乗り移った『彼』の周りでは、その叫びに呼応するように炎が弾け散る。それがじりじりとトーマの体を焼いていることに気が付いても、アキラは動くことができなかった。


め……!!』


 アキラは恨みのこもった視線を受け、始めて自分が賊と間違われていることに気が付いた。幽霊は『転校生』が生徒だということを知らないのだと、白鷺の言葉を思い出す。


「私は賊じゃない!」


『嘘をつくな! 外から来た者が全てを奪っていった!』


 アキラの言葉は受け入れられず、逆に『彼』を激高させた。『彼』はトーマの姿のまま炎を操り、アキラに向けて放った。


「くっ……!」


 魔除けの指輪で炎からは守られるが、爆風と強烈な圧は防ぐことができない。アキラは再び体が宙に浮かぶのが分かった。


 ドンッと激しく石の扉に叩きつけられ、アキラはずるずるとその場に倒れ込む。


 ゆっくりとトーマの姿が近づいてくるが、アキラの視界はぼやけていてよく見えなかった。ぎゅっと魔除けの指輪を握り込むと、『彼』がその動作に気が付く。


『それは……嫌な感じがする』 


 ――それ?


 アキラが何のことか理解する前に、床に放り出していた手に強い痛みが走った。


「ああーっ!!」


 指輪を嵌めている指を、手ごと踏みつぶされる。ゴリッと骨に響く衝撃に、アキラは思わず悲鳴を上げた。


 がトーマではないことが分かっていても、アキラは零れる涙を止めることができなかった。ぐらぐらと揺らぐ意識にアキラは何とか目を開けていようとする。




 ――私は、このまま……





 ――俺は、このまま死ぬのか。



 怒号の飛び交う学舎で、少年は目の前で刀を突き付ける黒装束の男たちを静かに見据えていた。


 少年は学舎の一室で柱に縛られていた。年少の生徒たちを避難させている間にこの男たちに見つかったのだ。少年は自ら囮となり時間を稼いだが、人数で囲まれ捕えられた。


「こいつ全然喋りませんねえ」


「忠犬はご主人様に逆らえないからな。喋れる程度に痛めつけろ」


 学舎にはまだ逃げ遅れた子供たちが居る。年長の生徒たちが避難をさせているはずだが、この様子では厳しそうだった。ここで少しでも時間を稼ぐしかない。柱に縛り付けられ、殴られ、蹴られ、それでも耐えた。


 うめき声一つ上げない姿に、黒装束の男たちも興をそがれたのだろう。少年に刀を突き付けある提案をしてくる。


「分かった分かった。ではこうしよう。お前が喋ったら俺たちはすぐにここから去る」


「……」


 少年は血を吐きながらそう言う男を睨み付ける。


「もう一度聞く。お前らの『先生』はどこに行った? 言ったらすぐに出ていくさ」


「……これ以上他の生徒に、手を出すな」


「ああ。これ以上他の生徒に手を出さない」


 少年の言葉を繰り返す男は、頭巾の下で歪に笑う。少年は悔しさに唇を噛みながら、ぽつりと呟く。


「先生の行先は分からない」


「あ?」


「けれど、すぐに戻るとおっしゃった」


 男は少しの間の後、「まあ、いいか」と刀を鞘に納めた。


「ここに戻ってくるなら、さっさとそう言えよ。全く。でもまあ良かったぜ。が喋ってくれて」


「なん、だと?」


 少年は男から発せられた信じがたい言葉を聞き返す。


「言葉の通りだ。残っているのはお前だけ。お前が逃がしたチビどもも始末済み。……お前くらいのでかいガキたちが数人いたが、割と苦労させられたぜ」


 少年は目を血走らせ、身をよじりながら叫ぶ。


「畜生! 騙したな! 話が違うっ」


「違わないさ。あの条件を持ちかけた時には既にお前しか居なかったんだから。これ以上他の生徒に、手は出せないだろう?」


 「そしてすぐに去る約束だったな?」と至極愉快そうに笑う男は、去り際に火を放って姿を消した。

 

 柱に縛られたまま少年は歯を食いしばり叫ぶ。


「くそっ! 賊め! 誰か――水を!!」


 男の言う事は信じなかった。自分以外全員死んだなど、嘘だと思いたかった。学舎に回る火を止めれば、きっとどこかに隠れている生徒が生き延びることができるはずだ。


「誰か――、誰か!!」



 ――――水を。 

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