『ハチドリ』の儀式③

 アキラはその人影に見覚えがあった。燃え盛る平屋から這いずり出てきた『彼』が、トーマの眼前に立っていた。トーマは『彼』の方を見ているが、何の反応も示さない。


 アキラはたまらず通信機に向かって叫んだ。



「理事長! 幽霊です理事長!」



「くっ。一体何が……! すぐに行く!」


 白鷺はそれだけ言うと通信を切ったようだ。アキラはそのすぐに行くという言葉を信じ、未だに部屋に残る火柱の残滓を避けつつトーマと『彼』に近づこうとする。

 

 幽霊に自ら近づくことなどアキラにとってはありえなかったが、そこにトーマが居るならば話は別だ。トーマをあの幽霊から引き離さなければ。

 

 頭の中で警鐘が鳴り続ける。校門前で時と同じように、炎の熱さは感じないが、熱風の圧のようなものがアキラを終始襲ってくる。


 「息苦しい……!」 


 ぎゅっと魔除けの指輪を握り込む。指輪をしていても強烈な圧が前方からかかり、アキラの髪をぶわりと捲る。


 二人は手を伸ばせば触れられる距離でただ立っていた。『彼』の表情は分からないが、恐らくじっとトーマを見ているのだろう。


 ふと、『彼』の手がトーマに向かって伸びた。アキラは戦慄し、向かってくる熱風の中を駆ける。


「だめっ!」


 ドンッと鈍い音をたててアキラがトーマの腰のあたりに飛びつくと、何の抵抗もなくトーマの体はそのまま地面に倒れる。一緒になって転がったアキラは震える足を無理やり立たせ、『彼』とトーマの間に入った。 



「や、やめて」



 アキラが見上げた『彼』は、黒い煤だらけの顔をアキラに向けた。


 焼け爛れた顔に、強烈な光を宿した瞳がアキラを捉える。その怒りなのか恨みなのか、とにかく強い負の感情にアキラは呼吸が止まるのが分かった。



『……じゃま  を  するな』



 ひゅーひゅーという息漏れに混じって『彼』の声が届いた瞬間、アキラは爆風に吹き飛ばされた。



「きゃあっ!」



 体が瞬間的に水平になる。必死の思いで体をひねり、アキラは肩から落下した。石の床を転がり終えると、右肩に走る激しい痛みにアキラは顔を歪める。

 

 それでもアキラはすぐに体を起こした。

 


『外の者   おまえらは   あいつらを殺した!!』



 『彼』の叫びとともに再び炎が巻き上がり、アキラの退路を塞ぐ。アキラの目は地面に伏したままのトーマを映していた。



――なんとか、なんとかしないと!


「アキラ君!」



 部屋の入り口から白鷺の声が聞こえ、アキラは待ってましたと言わんばかりに駆け寄る。スーツの上着で舞い上がる炎を避けながら現れた白鷺は、部屋で起こっていることに目を見開きながらアキラの側に寄った。


「理事長! 思ったより早かった」


「走ったら割とすぐだった! これは……何故あの子がここに」


 白鷺が幽霊とトーマの姿を目視する。トーマがここに居る理由は分からないが、幽霊の方はアキラから聞いていた姿と白鷺の祖父からの言い伝えと一致していた。


「『ハチドリ』に封じられていた霊が甦ったのか」


「私が前に見たのはこの幽霊です!」


「え!?」


 アキラの言葉に白鷺は面食らったように聞き返す。


「間違いありません! 私が見たのはこの……『ハチドリ』の幽霊です!」


「馬鹿な、この霊は今甦ったんだぞ! 君が以前見たのは『クモ』のはずだ」


「でも、でもっ!」


 必死に食い下がるアキラの様子に、ふと白鷺の脳裏にある仮説が浮かぶ。 




「――まさか、儀式の『目的』とは……くそっそういうことか!」




 苦々しげに表情を歪める白鷺。アキラはとにかくトーマを助け出すことで頭が一杯だった。



「我々は儀式のことを勘違いしていたようだ。封印を解くこと――『霊を目覚めさせる』ことが目的で生贄をささげる儀式だと思っていたが、そうではなかった。

霊は既に目覚めていたんだ!」


「えっ」


「『クモ』の霊が甦ったときに『ハチドリ』の霊が連鎖的に目覚めた。封印は連鎖的に解かれる……そういう仕組みなんだ。だからアキラ君は『ハチドリ』の霊が見えたんだ……」



「い、意味が分かりません!!」



 『彼』は今目覚めたわけではないということだけはアキラにも分かった。アキラは転校初日から『彼』の声を聞いていたのだ。そうなると『彼』は生贄なしで目覚めたということになる。



「『目覚める』ことだけに生贄は要らない。恐らく生贄が必要である真の理由は……」



 ぶわりと炎が舞う。アキラは自分を睨み付けていた『彼』がトーマの方を向いていることに気が付く。



『からだを ―――― よこせ !!』



「『憑依』! 霊が生贄の体を乗っ取ること、儀式はこれが目的だったんだ!!」


「ええ!?」


 憑依、取り憑くということだろうか。アキラは幽霊の求めるものが分かり、さらに焦り出す。


「まさか、そんな。トーマくん起きて!」


 必死の呼びかけも虚しく、トーマのからだは地に寝たままぴくりとも動かなかった。



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