『ハチドリ』の儀式②

「そんなに怯えて、」


「……」


「やっぱり理事長に無理矢理させられてるんだな」


 普段見せない険しい表情でそう呟くトーマを、アキラは直視できずに俯く。それを肯定ととったのか、トーマはアキラの両肩をがしりと掴む。


「なんで何も言わないんだよ」


 アキラは口元を覆う防塵マスクを取り、躊躇いながら口を開く。


「だって……話せないんだもの。話したくても話せないの! 私だってトーマくんに話せたらどんなにっ」


「だったら話せばいいだろ!」


「話せないの! 話したって……きっと信じてくれない。私だってちゃんとまで半信半疑だったもの」


 俯いたまま徐々に言葉尻を細くするアキラ。視線を合わせるように少しかがんだトーマはアキラの顔を覗き込む。


「信じるから、絶対に」


 アキラは泣きそうになりながらトーマを見上げる。一緒に立ち向かう仲間がほしい、アキラはずっと願っていた。


 アキラが薄く口を開きかけたその時だった。


 トーマがふと後ろを振り返る。


 柱のたもとで会話していた二人。トーマの後方にはひとつの小道が続いていた。先程アキラが進んだ小道の対角線上にあたる。


 トーマはじっとその道の先にある、ひとつの固く閉ざされた扉を見つめていた。


 アキラは突然後ろを見て黙り始めたトーマに恐る恐る声をかける。


「トーマくん、どうしたの」


「……」


「トーマくん……ねえ、トーマくん!」



 アキラの背筋が一瞬で凍てつくように固まった。トーマが突然、ふらふらと扉に向かって歩き始めたのだ。


 明らかに様子のおかしいトーマを止めようと、アキラはドローンを放り出しその腕に縋り付く。


「トーマくんどうしちゃったの!?」


「……」


 トーマの目は何も写していないように扉の方を向いていた。アキラの呼びかけにもなんの反応もない。


 アキラはトーマの歩みを必死止めようとするが、すごい力で引きずられてしまう。


――トーマくんがおかしい!!


 アキラは片手でトーマの腕を掴んだまま通信機に呼びかける。


「理事長! お願い返事して! トーマくんがっ」


「……」


 アキラの必死の叫びも虚しく通信機は沈黙を貫いた。


――どうして、どうして急に!


 アキラを引きずったまま、トーマは扉の前に辿り着く。

 その先にある嫌な予感にアキラは顔を強張らせた。


 ギッ……ギイッ……


アキラの予想どおりに、トーマは閉ざされていた石の扉を押して開いた。


――開いた!?


 アキラは驚いてトーマの背中越しに扉を見る。


 先程アキラが覗いた部屋は元々開いていたが、この扉は堅く閉まっているように見えた。それこそトーマが片手で押しただけで開くようなものには見えなかったのだ。


 一体何が起こっているのか。アキラには全く分からなかった。ただひたすらに前に進もうとするトーマを引き止めることしかできなかった。


「トーマくん! お願いやめて!」


「……」


 アキラの声に全く反応を示さないトーマは、光を失った目をしながら扉の先に進む。


 アキラもそれに従いズルズルと部屋へ縺れ込む。トーマの一体どこにこんな力があるのだろうか。アキラはビクともしないその細身の体のを悔しげに見つめた。


 扉の先はアキラが見た部屋と同じような構造だった。行き止まりになった空間の真ん中にぽつんとる墓石は、割れていない。


 トーマは部屋の中に一歩踏み出すと、迷わずに墓石に向かっていく。部屋を見渡していたアキラは慌ててトーマの服の裾を掴む。


「帰ろう、もう帰ろうトーマくん! ……痛っ」


 思い切りトーマの服を引っ張ると、冷たく強張った指がするりと滑り、アキラは勢いよく尻餅をついてしまう。

 

 「うう、」


 硬い石の床に腰をしたたかに打ち付けたアキラは、じんわりと滲む涙を零さぬよう上を向く。



 その時アキラの涙で霞む視界に映ったのは、天井いっぱいに広がる『絵』だった。



 アキラはそれに気がつきびくりと肩を跳ねさせる。見覚えのあるデザインだった。理事室の回転扉から現れた五枚の絵のうちのひとつ。



「『ハチドリ』……」


 

 シンプルな曲線で描かれたその天井画には、巨大な翼を持った鳥の姿が描かれていた。


 


 トーマを連れて逃げなければ。アキラは混乱する頭でそう判断する。何の確証もなかったが、天井の絵を見てそう感じたのだった。

 

 震える足で立ち上がろうとする間にも、みるみる内にトーマは墓石に近づいていく。


 アキラがトーマに追いつくよりも、トーマが墓石に手を触れる方が早かった。


 

 ドォォォォッ!!



「えっ……きゃあっ!!」



 トーマが墓石に触れるや否や、突如そこを中心に大きな炎の柱が出現する。アキラはその爆風に押されよろめいた。トーマを中心に発生した渦状の炎はどんどん大きくなり、ついに天井にまで到達する。


「トーマくん! 逃げて!」


 渦巻く炎にアキラの声は飲み込まれてゆく。渦の中心で立ったままのトーマの背が見える。アキラは激しくなる熱風を何とかやりすごしながら炎の昇っていく先を視線で追った。


 じりじりと焼ける『ハチドリ』の絵が、天井に溶けるように消えてゆくのが見えた。


 あっと声にならない声を上げた瞬間、沈黙を守っていた通信機が突然鳴り始める。


「……くん、アキラ君! すぐに戻れ! たった今校庭に『ハチドリ』の地上絵が現れた!」


「えっ!?」


 

 天井の『ハチドリ』を焼き払い、火柱が段々と弱まっていく。炎の渦が晴れ、トーマの姿をしっかりと確認したアキラは同時に視界に入ったものに目を見開く。

 




 トーマと墓石の間に、ボロボロの着物を着た黒い人影があった。






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