第三章

『ハチドリ』の儀式①

 

 ピンクゴールドに煌めくその定期入れを見つめたまま、アキラはしばらく動くことができなかった。


 『佐倉 ひなこ』――。


 この学園で不審死した教師の持ち物が、何故かこの地下空間に落ちている。

 

 アキラは震える指でそれをポケットに押し込み、ついでに肩から下げていたタンブラーに口を付ける。


 冷えてしまったコーヒーをなんとか一口分飲み込むと、背筋の冷えが少しだけ治まる。


――落ち着け、落ち着け。元々呪いの手掛かりを見つけに来たんだから、これくらい……。


 何故佐倉がここに来たのか、それとも佐倉ではない人物がこれを落としていったのか。


 湧き上がる疑問を考える余裕は今のアキラにはなかった。


 ただ、小道の途中に落ちていたということは、小道の先にある扉に誰かが入って行ったということではないだろうか。


 道の先をちらりと見遣ると、巨大な石でできたその扉は、少しだけ開いているように見える。


 アキラは首を回して他の扉もちらちらと見るが、どうやら開いているのはこの扉だけのようだ。

 

 破損してしまったドローンを両腕で抱き、アキラはそろりそろりと扉に近づいてその隙間から中を覗き込む。

 

――暗くて見えない。


 ドローンのライトを向けると、扉の中は行き止まりで、部屋のような空間になっていた。


――どうか、どうか何も出てきませんように。


 アキラの願いが通じたのか、幽霊らしき姿はなく、虫すら居ないようだ。


 部屋に入らないようにしながらドローンを傾け内部を探ると、丁度部屋の中心にポツンと何かゴツゴツしたシルエットがあることに気が付く。


 大きめの石のようだ。それがまるで雷にでも打たれたかのように真ん中からパッカリ二つに割れている。

 アキラはその石の形に覚えがあった。


「墓石?」


 よく見ると石の周りには割れる前に巻きつけてあっただろう古い縄が散乱している。


 恐怖の感覚が鈍ってしまったのか――もはや正常な思考ではないのか、アキラはその様子をぼんやりと視界におさめた後ふらふらと来た道を戻った。


「……、……。きこえるかい?」


「理事長」


 ポケットの中の端末がノイズ交じりの音を出す。まだ通信は不安定のようだが、かろうじて声は聞こえた。


「アキラ君、通信が安定しない。戻ってくるんだ」


「はい、あの、理事長。お墓があります」


「墓!?」


 そういえばドローン下部に付いているライトで部屋内を照らしていたため、カメラには墓石が映っていなかったかもしれない。

 アキラは渇いた笑いを零しながら端末越しに話しかける。


「カメラは生きてるんですよね?」 


「ああ、その空間も先程から見えているよ。そこだけ様子が違う。何か重要な場所のようだ」


「そりゃそうですよお墓ですもん。多分残りの扉もお墓ですよ」


「それは、そうかもしれない」


「五つあるので幽霊の数と一致しますね。ではきっと幽霊のお墓ですね。ははっ」


「あ、アキラ君。とりあえず一旦戻ろう。日も暮れたことだし、よく頑張ったよ。うん」



 いつもと様子の違うアキラに対し、焦るような声で指示をする白鷺。この空間についてのさらなる探索よりも、アキラの身を優先させるようだ。

 

 アキラは佐倉の定期入れを拾ったことを伝え忘れていたが、この空間の様々なことが頭をぐるぐると回り、とにかくこの場を離れることだけを考えることにした。



 アキラは完全に周りが見えていなかった。


 肩に手を置かれるまで背後の気配に気づかなかったのだ。


 とん、と軽い重みを肩に感じた瞬間、アキラは言葉の通り飛び跳ねて叫んだ。



「きゃーー!! いやあーー!!!」


「うわっ!」



 飛び跳ねながら白い柱の陰に隠れるアキラに逆に驚かされたのは、アキラの後を追ってこの空間に辿りついていたトーマだった。


「もう無理、もう帰る!」


 がたがたと震えながら柱の側にうずくまるアキラに、トーマは少し離れたところから呼びかける。


「本野、俺だよ俺」


 たっぷりの間をとり、アキラはわなわなと唇を震わせながらなんとか言葉を発した。



「なんで、ここにトーマくんが……!?」


「悪い、後つけた。本野、一体ここは何なんだ? それにその格好」


 完全に混乱した様子で柱の陰からトーマの姿を見つめることしかできないアキラに対し、悪びれるそぶりもなく返すトーマ。

  

 トーマのもっともな問いにアキラは答えることができなかった。


「え、と、どうしよう。理事長、理事長」


 この地下探索がトーマにばれてしまった。アキラはその事実に困り果て、白鷺に縋ろうとする。しかし通信機からはノイズしか返ってこなかった。


「……――、? ……」


「うそ、こんなときに!」


「本野?」


「ええとこれは、ボランティア部の活動で……学園の地下の清掃を……」


「嘘だよな」


「……はい……」


 地下を探索している姿を見られた時点でボランティア部の言い訳は無意味だ。アキラは観念したように地面を見つめトーマから目を逸らす。


 アキラは混乱していたが不思議と恐怖を忘れていた。

 

 広く暗い空間でひとりきりだったのが、トーマがここに来たことで孤独感と不安がどこかへいってしまったのだ。


 ばれてしまった、という焦りと同じくらいに、今のアキラは救われた気持ちでいっぱいだった。





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