桜中央学園⑬

 トーマは自分の目を疑った。


 今日の放課後もまたアキラが理事室に向かうのがどうしても気がかりで、そっと様子を伺っていた。

 昨日はたまたま頼まれごとをしただけだと言っていたアキラ。

 

 では、今日は一体何だと言うのか。

 

 その行動がストーカーじみているということはトーマも重々承知だったが、今までのアキラとのやりとりを思い出すとやはり理事長である白鷺に何か無理をさせられているのではないかという疑念が晴れない。


 特に今日のアキラは顔色が悪く、体調も悪いのか一日中ナギサにぺたりと張り付いていた。


 トーマは昨日の出来事を振り返る。


 不気味な笑みを浮かべる理事長に写真を撮られているアキラ。


 問い詰めると悲しげに何でもないと言う。 

 

 最初に会ったときからそうだった。


 変な男に絡まれて困惑する表情。と思ったら突然真っ青になり気絶する。


 笑顔なんてナギサと話しているときに少し微笑む程度だ。何か思いつめたように窓の外を眺めているのも珍しくなかった。


 トーマは支えたあの細くて頼りない肩の感触を忘れられずにいた。


 それから教室でもずっとアキラの存在を気にかけ、ナギサにまでそれがばれてしまう程なのに、アキラには全く伝わらない。


 それでもせめて転校の煩わしさを少しでも和らげようと、クラスの輪にやや強引に入れたり、休み時間に話しかけたり――。


 後から思えば迷惑だったかもしれないが、全てはアキラが笑って過ごせるように、と。


 それなのに、


 ――あの変態おやじ、許さねえ。


 トーマの中の正義感が燃えたぎり、今回の行動に繋がったのだった。


 するとどうだろうか。


 理事室から出てきたアキラは教室に戻り、少しだけ姿を消し、次に見たときはジャージに着替えていた。


 トーマは疑問に思いながらもアキラの後を追い、校舎の外に出る。

 

 次に白鷺と何かあったら、また止める。そして無理やりにでも連れて帰るつもりだった。


 人気の少ない倉庫まで行くと、案の定アキラは白鷺と合流した。


 ――やっぱり!


 トーマは倉庫の側壁に身を寄せそっと耳を澄ませるが、古い造りの壁は厚く話の内容までは分からない。


 そして何やら重厚な、全く似合っていないマスクを着けてアキラが倉庫から出てきたときには、その現実離れした格好にトーマは夢でも見ているのかとさえ思った。


 アキラが妙に周りをキョロキョロするのをやり過ごし、トーマはじっとその姿を見つめる。


 すると、トーマの目の前でアキラは地面の穴にするすると入っていったのだ。


 あっと声にならない叫びを呑み込み、トーマは目を見開く。


 一体何をしてるんだ!?


 ジャージ姿に着替えたのもこの穴に入るためだろうか。

 アキラの姿はすぐに見えなくなり、細い風が吹く音しか残らない。


「……嘘だろ」


 目の前で起こった事を、トーマは全く理解できなかった。


 どれくらいその場で悩んだだろうか。五分、十分、いやたったの一分だったかもしれない。


 トーマは気合を入れるように自らの両頬をパンパンと二回たたく。


 そして周囲を確認後、アキラの消えていった穴に一気に飛び込んで行ったのだった――。




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