桜中央学園⑫

 石の床をするすると進むドローン。

 それに続くアキラは学園の地下に隠された巨大な空間に圧倒されっぱなしだった。

 誰かが置いたLEDライトのおかげで肩の荷も下り、手元の端末を確認しながら進む。


「とても長い通路ですね……地上だとどのあたりでしょう」


「校庭の……まで来てい……」


「えっ理事長!?」


「……、アキ……い」


「う、うそ。通信が」


 端末で連絡を取り合っていた白鷺の声が突然途切れはじめる。

 アキラは焦って呼びかけるが、プツリプツリと途切れるそれは直らない。

 いきなり一人取り残された気分になり、アキラは足が竦む。


――も、戻ろうかな。


 連絡ができなくなるなんて聞いていないし、この先急な勾配があったら危険だ。

 アキラは震える足を動かし踵を返そうとした。


 その時、


 ガタンッ


「きゃっ!」


 前を行くドローンがおかしな姿勢に傾いた。カメラの付いている前方部分が沈んでいる。

 窪みにでも引っかかったかとアキラは跳ねる胸を押さえながらドローンに近づく。


 アキラの目に飛び込んできたのは、窪みではなかった。



「か、階段……!!」



 ドローンは階段状になっている石段の最初の段に落ち込み、上体を起こせなくなっていたのだった。

 アキラは暗がりに続く階段を見つめながらドローンを抱きかかえた。


 カツンッ


 アキラの足元で何か硬いものが落ちる音がした瞬間、抱え上げたドローンの車輪部分がポロリと取れた。


「あ、あー!」


 恐らく先程硬い音を立てたのはドローンと車輪を繋ぐ部品だったのだろう。

 階段に落ちた衝撃でどこかおかしくなってしまったらしい。

 アキラは慌てて足元を探すが、運悪くその部品と思わしきものをつま先で蹴ってしまう。



 カンッカンッカンッ……



 刻みよく音を立て階段を転がり落ちていった部品に手を伸ばすが時すでに遅し。



「どうしよう……」



 途切れた通信、車輪のとれたドローン、落ちた部品。


 アキラは顔を青ざめさせながら、取れた車輪を握りしめた。




――部品を取るだけ、部品を取るだけ……。




 アキラは防塵マスクをつけたまま大きく深呼吸をし、身を奮い立たせる。

 時折ノイズを出す端末をポケットにしまい込み、抱えたドローンのライトを頼りにゆっくり階段を下りる。


 一段、二段、三段……。

 足元を照らしながら進むと、通路にあったLEDライトが階段脇にも出現し、アキラは少しだけ肩の力を抜く。



――大丈夫、ここも誰かが探索済みだ。きっと専門家の人が調査しているんだ。こんなに大きな空間だもの……。



 アキラはそう自分に言い聞かせ、一番下まで落ちてしまったであろう部品を見つけ出すことだけに集中した。


 ゆっくり、ゆっくり石段を下りる。


 とうとう最後の段に足をつき、ふと顔を上げると、アキラの目の前には更に広い空間が広がっていた。



「わあ」



 開けた場所に辿りついたアキラは、数多のLED小型照明に照らされた空間に目をみはった。

 今まで通った道より遥かに大きいその部屋の中央には、大きな白い石の柱が建っている。


 見たことのない模様が彫刻されたその柱から五つの小道が続き、その先にそれぞれ巨大な石の扉があった。

 アキラが下ってきた階段は、丁度石の柱の正面に位置しているようだ。


 そのあまりに神秘的な、そして立ち入りづらい光景にアキラは足を止め言葉を失った。

 車輪が破損したドローンを両腕で抱え、この光景を小型カメラで撮影する。


 照明が設置されているということは、ここにも最近誰かが来たのだろう。

 よく見ると柱の周りにはまだ新しい目印のようなシールが貼られている。

 やはりこの地下空間は専門家に調べられている最中のようだ。


――私も入って大丈夫だよね?


 階段で止まっていた足をゆっくりと動かし、その空間に入る。

 床に敷かれた岩も白みがかっており、この部屋が今まで通ってきた道と違うことを感じさせた。

 

 アキラは石の柱に近づきその頂点を見上げる。なめらかな白色が無機質な光を柔らかく反射していた。

 柱から分岐している五つの小道の内一番左の道に入り、小型カメラを柱に向ける。

 柱の彫刻は五つの道に対応するように五つの模様が描かれているようだ。


 アキラはその彫刻を最初は模様だと思っていたが、しばらく観察しているうちにもしかしたらどこかの文字かもしれないと思い始めた。

 彫刻の全体像をなるべく撮影しようとアキラがカメラを持ち移動しようとした時だった。


 カツン、と運動靴が硬いものを蹴った。アキラはビクリと肩を跳ねさせ、足元を見る。


 ピンクゴールドのきらめきがアキラの目に入った。片手程の大きさの金属製の定期入れのようだ。

 アキラは身をかがめてそれを拾い、ふと裏返す。


『佐倉 ひなこ』


 目に飛び込んできた名前にアキラは絶句する。

 

 それは学園で不審死した教師、佐倉の定期入れだった。




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