桜中央学園⑩

 桜中央学園は制服がないため、生徒は思い思いの格好で学校生活を過ごしている。

 体育の授業も動きやすい服装であれば良いという決まりになっており、アキラは前の高校の指定ジャージを使っていた。スカイブルーとエメラルドグリーンのラインが入った紺色のジャージに身を包み、倉庫裏に歩を進める。


 西日に照らされるその横顔は、目の下のクマも相まって険しかった。

 片手に防虫スプレーを握りしめ、ずんずんと廊下を歩くその姿を誰かに見られたらまた怪しまれるだろう。


「あれ、本野さん。ジャージ着てる」


「本当だーどうしたの?」


 案の定数人のクラスメイトに話しかけられるが、アキラは白鷺と考えてきた定型文をそのまま使う。


「ボランティア部の清掃活動があるの」


「へー、うちボランティア部なんてあったっけ?」


「作ったの。顧問は理事長」


「そ、そっかー頑張ってね」


 まるでロボットのように棒読みするアキラを不気味に感じたのか、クラスメイト達はそそくさと去って行った。


 白鷺とアキラが共に行動すると目立つ。そのことに気が付いた二人は対策を練った。

 つまり、二人が一緒に居てもおかしくない理由を作ったのだ。


 桜中央学園ボランティア部の創設。


 表向きは地域のボランティア活動と校内の美化活動を目的とした健全な部活動である。


 本来であれば部活動は生徒が五人居ないと認められないが、理事長権限により紙切れ一枚で即創部が決まった。

 これで二人は部活動を行う生徒と顧問という組み合わせになり、怪しまれても言い訳することができる。


 部室は理事室。部費は理事長白鷺のポケットマネー。更にコーヒー飲み放題付き。

 高待遇に見えるがその活動内容は幽霊の封印と呪いの解除である。


 かくしてアキラは校内の清掃活動を装い、防空壕の調査に向かうのであった。




 学園の旧館を出て、校舎とは少し離れた場所にある倉庫に向かうアキラ。

 所々汚れ古びている小さな倉庫は、昔は災害時用備蓄を置いていたそうだ。

 今は備蓄を校舎内に移し、いわば行き場を失い流れ着いた学校備品たちが僅かに置かれているだけだった。


 アキラが『立ち入り禁止』のプレートを下げられた倉庫に着くと、白鷺が内部を簡単に清掃してパソコンを操作するスペースを作っていた。

 どうやらここからドローンを操作するつもりらしい。

 アキラの姿を認識した白鷺は期待に満ちた目をしていた。


「アキラ君、これを持って行ってくれ」


「タブレットですか?」


 防空壕を一人で探索することについて未だに納得のいかないアキラは、差し出された最新型のタブレット端末を渋々受け取る。


「ドローンを使ってリアルタイムで地図を作成していくから、それで道を確認しながら進んでくれ。私と通信もできる」


「そんなことができるんですか」


「できるさ! 科学でどうにもできないことは霊障だけだね」


 倉庫内にも大量に置かれた魔除けグッズを見て、眉を顰めながら「そうでしょうね」とアキラは呟く。


「ただ、通信環境の関係でその端末に地図が反映されるまでに多少のタイムラグはある」


「分かりました」


「近場にある他の防空壕の規模から考えるとそんなに広くはないだろうから、焦らず気を付けて進むんだよ」


 アキラは防虫スプレーを体中に大量に吹きかけ、探索の相棒となるドローンをちらりと見下す。

 飛行用のプロペラと四輪のアタッチメントを持つそれは陸空両用となっている。

 白鷺の操縦でクルクルと動き回るそれはいかにも精密機械ですという外見で、頼りにならなそうだとアキラは思った。


「さあ、行こうか」


「はい」


 いつものように魔除けの指輪を握りこみ、アキラはドローンを持ち地面の穴へ向かった。


 倉庫裏の草をかき分け、平たい岩をずらす。

 ぽっかりと空いた穴はマンホール程度の大きさで、入り口から緩やかな坂が見える先まで続いている。

 アキラがドローンを穴の入り口におろすと、それは左右に揺れながらゆっくりと坂を下っていく。

 固唾をのみながらその様子を見守っていると、手元のタブレット端末から倉庫内に居る白鷺の声が聞こえてきた。


「今坂を下っている。端末の地図にドローンの通った道が反映されると思うが、急だから気を付けるんだ」


「はい……この地図じゃ高低差が分かりませんね」


「勾配があったら私が知らせよう」


 アキラはどんどん道が伸びていく地図を見つめる。

 その順調さに、もはや自分が入る必要はないのではないかと期待し始めていた。


「ようやく坂が終わった……ん?」


 白鷺の操作するドローンの動きが止まる。

 地図上でピタリと動かなくなってしまった点にアキラは首を傾げた。


「理事長、どうしました?」


「これは……かなり広い空間だ。防空壕というよりトンネルだな。ちょっと見においで」


 その言葉にアキラは急いで倉庫に向かい、扉を開けた。

 白鷺の操作するパソコン画面にはドローンから送られてくる映像が映っている。


 そこにはがらんとした空間が広がっていた。


 天井はアキラの予想以上に高く、大型のトラックでも余裕で通れるほどだ。

 映像は粗いが、地面や壁が均されているように見える。

 明らかに自然にできた空間ではない、とアキラは思った。


「やけに坂が長いとは思ったが……まさかこんな空間が学園の地下にあったとは」


「これは、一体」


「ふむ、」白鷺は腕を組み画面を見ながら続ける。


「壁と地面に切り出した岩が埋め込まれている。岩は苔むしているから相当古くからこの状態だということだ」


「防空壕に見えませんけど」


 白鷺はドローンを走らせたり飛ばせたりして現れた空間の映像を映す。

 アキラはそれを見ていると、以前似たようなものを見たことに気が付いた。


「世界遺産にありますよね、こういうの」


「んん?」


「いつだったかテレビで見て。確かトルコかどこかの――地下遺跡、でしたっけ」


 白鷺はその言葉を聞き大きな目でアキラをしばらく見つめた後、無言で映し出される映像を確認した。

 何の気なしに口から出た言葉だったが白鷺の反応に嫌な予感がし、アキラは小さな声で問いかける。


「ま、まあ外国の話ですし。日本にそんなものない――」


「いや、地下遺跡に準ずるものは日本でも発見されている」


「え」


「古墳、石室、逆ピラミッド……都市伝説まで含めるとごまんとある」


 まさか、とアキラは声にならない声で呟く。

 二人は顔を見合わせ、再び映像の映る画面に視線を戻す。


「調べるしかない」


 出てきたのは幽霊でも虫でもなく、予想だにしないものだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る