桜中央学園⑨

「霊を見た!?」


「はい、多分」


「なな何で早く言わないんだい!」


 放課後、例によって理事室の扉を叩いたアキラは開口一番昨日の出来事を白鷺に報告した。

 予想通り白鷺は目玉が飛び出るほど開眼しアキラに迫る。


「誰かが生贄になってしまってからでは遅いんだよ!」


「……すみません。怖くて逃げました」


 しょんぼりと肩を落とすアキラを見て口を噤んだ白鷺は、一拍置いて懐に手を入れる。


「次からはすぐに連絡するように。はいこれ名刺」


 最初からこうすればよかったとブツブツ言う白鷺に、アキラはおずおずと問いかける。


「あの、理事長。連絡したらすぐ来てくれますか」


「え?」


「助けに来てくれるんですよね」


 焼け焦げた幽霊の姿を思い出しアキラは目を潤ませる。

 白鷺はその様子にたじろぎ「も、もちろん」と短く返事をする。


「私、あの幽霊の声を転校初日にも聞いたんです。すぐに倒れてしまったけど」


「何だって?」


「夢だと思っていました、でも違った。今回は頭痛もなくとても鮮明に見えたけれど、声は聞こえなかった」


「きっと魔除けの指輪が霊からの干渉を防いだんだ。姿が見えたのは君が、」


「私が『転校生』だから」


 目の下にクマを作りすっかり元気をなくしているアキラの様子に、白鷺はさすがに可哀想に思ったようだ。

 最近はほぼアキラ専用になっている来客用カップに、湯気立つコーヒーを注いでテーブルに置く。

 角砂糖を添えて、ミルクはなし。アキラの好みの飲み方だ。


「あーアキラ君私も言い過ぎたようだ。霊を見たんだから、それは怖かっただろう」


「怖かったですけど……霊と目が合ったとき、何か言っていたんです。それが気になって」


「め、目が合ったのかね」


「はい、人間の目でした」


 差し出されたコーヒーをゆっくりと飲み下すと、体の芯がじわりと解けるように温まる。

 肩の力が抜けたアキラを見て、白鷺は「ところで」と話を切り出した。


「実際霊を見たからと言って、今の我々ではどうすることもできないんだ。霊を封印し、呪いを解く手がかりを見つける必要がある」


「はい、あの穴の調査ですよね」


「そう、そこでこれだ!」


 白鷺が足元に置いていた箱をがさごそと開けるのをぼうっと眺めるアキラ。

 外装を剥ぎ取り、内袋から出されたそれは無機質な光沢を放っていた。


「理事長、これはまさか」


「そう、ドローンさ! アタッチメント次第で地面も走れる。まずはこれを先行させ、安全を確認したら人の目で確かめよう」


「おおー!」


 両手に収まるサイズのドローンを自慢げに掲げる白鷺と、ぱちぱちと拍手を送るアキラ。


「ただし、」白鷺は眉を下げる。


「地下ではGPSが上手く機能しないため、ドローンの位置情報の取得が困難だ」


「あっそうですよね。地下鉄とかでもGPS届かないところもあるし……」


「そう、そこで磁気センサーや赤外線センサーを利用してドローンから送られる映像と実際の位置をすり合わせようと思うんだが、少し問題があってね」


――問題?


 アキラが首を傾げると、白鷺は笑顔を浮かべ言い放った。


「地上でのパソコン操作が必要になるから、私は一緒に行けなくなってしまうんだよ」


「……え、えええ!? ってことは、つまり」


「アキラ君、頼むよ!」


「うう、嘘ですよね? 私、一人ですか!?」


 白鷺が申し訳なさそうに目の前で手を合わせるが、アキラは開いた口が塞がらない。


「ドローンで見えにくいところを確認してくれるだけでいいから!」


「理事長行きたくないだけですよね!?」


「いやあ残念だなあ。あ、汚れるからジャージに着替えておいで」


「もう何も信じられない」


 うきうきとドローンの調整を始める白鷺を尻目に、体育座りで顔を膝に埋め絶望に暮れるアキラだった。




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