桜中央学園⑥

 アキラは引っ越す前は都会育ちといっていい暮らしをしていた。

舗装された公園、整備された自然の中で育ったアキラにとって、虫の居そうな地面の穴に入るということはもちろん探検の真似事すらまるで未知の領域だった。


――幽霊も、虫も怖いけど、今日見つけた手がかりを無駄にしない。


 心の中で意気込むアキラだが、もしどちらかに遭遇した場合は白鷺を置いて逃げる気満々だった。


 魔除けの指輪のおかげで幽霊の干渉は受けないが、虫は防げないのだ。


 アキラは防虫スプレーを買って帰ろうかと一人悩みながら校門に向かうと、最近聞き慣れた声に呼び止められる。


「本野」


「トーマくん! 帰ったんじゃ」


 先程旧館の廊下で会ったトーマが、校門前に停めた自転車に凭れかかるようにして立っていた。

 その時トーマは既に帰り支度をしていたため、アキラはもう帰宅したものと思っていた。


 アキラがトーマに駆け寄ると、トーマは渋い顔をしながら口を開く。


「待ってたんだよお前を」


「え?」


「理事長に変なこと付き合わされてるんだろ? 嫌なら嫌って言えって」


 白鷺とのやり取りをトーマに見られ誤解が生じていた事はアキラも悟っていたが、トーマの面倒見の良さを失念していた。


――私が困っていると思って、待っていてくれたんだ。


 アキラはトーマの優しさに感動するとともに、とてつもなく後ろめたい気持ちになる。

 自分は幽霊に呪われていて、理事長の白鷺と一緒に呪いを解く方法を探している。


 本当のことを話したらどう思われるだろうか。

 廊下で見たトーマの『ドン引き』している表情を思い出し、アキラは項垂れる。

 話せない。つまり、トーマに嘘をつかなければならない。


 アキラは内心トーマに謝りながら、笑顔を見せた。


「嫌じゃないよ。本当に今日たまたま頼まれただけで、暇だったから引き受けたの」


「でも、お前よく呼び出されてるだろ? おかしいよな、理事室なんて普通用ないし。あのおっさん写真まで撮って……」


「それは、私が転校生だから色々気にかけてくれてて」


「俺、心配なんだよ……」


 地面を見つめながら、トーマは両手を握りしめながらぽつりと呟く。


「トーマくん」


 アキラは申し訳なさで胸がいっぱいになり、言葉に詰まった。


「お前、前にも変な男に絡まれてたし、断れない性格なんだろ? 理事長相手だと特に言いづらいよな」


「あの、ち、ちがうの!」


「本野……」


「理事長は確かに変な人だけど、いい人よ。そういう風に変に勘ぐらないで――」


「……そうか、悪い」


 トーマは一度空を仰ぎ、大きく息を吐いた。


「俺、いつもこうなんだ。こうって決めつけて突っ走って」


「ううん、心配してくれてありがとう……本当に」


「いや、時間取らせて悪かった。じゃあな、また明日」


 そう言い残し、トーマはフレームの細い自転車に跨り、坂を下っていく。


 アキラは胸に残る罪悪感と戦いながら、その背を見送った。


――ごめんなさい、トーマくん。


 二人が初めて会ったのも、丁度この校門の近くだった。

 倒れたアキラを支えてくれた、頼もしいクラスメート。


 アキラがトーマとの出会いを思い出していると、急激な風が背中を打つ感覚を覚えた。

 スカートを押さえながら後ろを振り返ると、アキラは目に飛び込んできた光景に言葉を失った。



 無音のまま燃え盛る建物。


 火の粉が舞い、アキラの足元にまで炎のすじが迫っている。


 黒煙が激しく上がり、夕日を遮りながら消える。


 アキラは突然のことに目を見開き、肩にかけていた鞄を落とした。




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