桜中央学園⑤
「ガムランボールが鳴った?」
「はい、それも倉庫の近くでだけ」
コーヒーの香りに包まれる理事室で、アキラと白鷺は向かい合って学園の見取り図を確認していた。
「それで、何か見つかったのかい?」
「いえ、その。星野先生と会ってしまって詳しくは調べられなくて」
「ふむ、具体的にどこの辺りかな」
アキラが音色の大きくなった範囲を指し示すと、白鷺はしばらく考え込むように腕を組む。
「あの倉庫は昔災害時用の備蓄庫だったんだが、学園創立時は防空壕だった場所だ」
「防空壕?」
「地面に穴を掘って、空襲などから一時的に身を守る場所だね」
白鷺はそう言うとソファに深く腰掛け、再び考え込む体勢をとった。
「考えてみれば妙だな。この土地は古くから呪われていたのに、防空壕が存在した……。避難する人々はもちろん、呪われてしまうはずなのに」
「防空壕……ってことを幽霊は知っているんですかね?」
「ん?」
アキラの言葉に白鷺は首をひねる。
「だって幽霊たちには転校生という概念がなかったんでしょう。そうしたら防空壕も知っているか分からないですよ。地下に人がいるとは思わなかったのかも」
「ふむ……よし、確かめに行こう」
見取り図をたたみ、白鷺は立ち上がる。アキラもそれに続き理事室を出た。
アキラは昨日と同じようにガムランボールを空中に投げながら校舎の外へ向かう。
その姿を興味深そうに見守っていた白鷺は、しばらくしてアキラのすぐ後ろから自身の携帯電話で写真を撮り始めた。
旧館と呼ばれるこの校舎は授業が終わると人が一気に居なくなる。生徒たちの集まる部室や図書室などがほぼ新館に集まっているからだ。
それでも理事室と職員室がある一階にはそれなりに人通りがある。
そして、運悪く奇妙な二人組を見かけてしまう人もそれなりにいるというわけだ。
「な、何してるんだ……?」
「あ、トーマくん」
「やあやあ、星野先生のクラスの子だね」
帰り支度を済ませた様子のトーマは、アキラと白鷺の不可思議な行動を目にし口元を引きつらせる。
アキラはその様子を見て、自分たちの行動が周りから可笑しく映っていたことに気づき慌てる。
「あーえっと、これは」
「理事長はなんで本野の写真を……?」
トーマはクラスの中心にいる時は剽軽に振る舞うこともあったが、根は真面目で責任感が強いということをアキラは知っていた。
そのトーマが普段見せないような、所謂『ドン引き』している表情で自分たちを見つめてくるので、アキラは生じている誤解に泣きたくなった。
白鷺はトーマのその視線を気にも留めないように口を開いた。
「アキラ君に被写体をお願いしたんだよ! 私のコレクションを身につけた状態の写真を撮りたくてね」
「コレクション?」
「あっ理事長は魔よ……開運グッズを集めるのが趣味らしくて!」
「へえ……」
アキラはトーマの視線に耐えきれずに目を逸らしながら、それらしい理由を説明しようとする。
「今回たまたま頼まれただけだよ。トーマくんはどうしたの」
「俺は職員室にプリント提出して帰るところだけど……」
「そ、そっかー。それじゃあまた明日ね!」
アキラは白鷺の背中をぐいぐいと押しながら足早にその場を去った。
後ろでトーマの声が聞こえたような気もしたが、よく分からないほどアキラは焦っていた。
「理事長、私たち目立ちます!」
「そのようだね。少し対策を考えよう。ところでガムランボールはどうだい?」
倉庫の側まで走った二人はもう誰にも見つからないようにこそこそと話す。
アキラは白鷺に促されガムランボールを投げた。
シャラン……
昨日と同じ清涼な音色が響く。
「ほら、聞こえますか?」
「え?」
「もう一回」
シャラン……
アキラは再度投げるが、白鷺は首を捻る。
「何も聞こえない」
「ええ? 理事長、耳悪いんですか」
「そんなことはないと思うんだが……」
それならば、とアキラは一番音が大きくなる場所へ移動し、ボールを投げる。
シャリ――――ン!
「どうですか」
「何も」
「ええ!?」
「まさかこれが噂の若者にしか聞こえないという」
「いや、モスキート音ではないと思います」
白鷺はがっくりと肩を落とし、ガムランボールを見つめる。
「理事長も投げてみます?」
アキラは白鷺に手元のボールを渡し、投げるよう促す。
白鷺がそれを空中に放ると、何も起こらずに落下した。
「鳴らない……!?」
「私では鳴らない、聞こえないというわけだね。なるほど面白い」
――けれどあの時、星野先生には聞こえていたのに。
アキラはそう言いかけたが、ふと口を閉じる。
ということはやはり若い人にしか聞こえない音なのだろうか。
先程の肩を落とした白鷺の様子を思い返し、アキラは出かかった言葉を飲み込む。
老化現象を気にしている本人にわざわざその事実を突き付ける必要はない。
アキラは慈悲深い眼差しで白鷺を見つめた。
「聞こえないのは仕方がないとして、私が投げないと鳴らないのは何故でしょうか」
「恐らく、我々の願いのかけ方が異なったからだろうな。アキラ君は呪いを解く手がかりも願った。私はそれをしていない」
「では、この音は呪いを解く手がかりを示している……?」
「かもしれない。これは一歩前進だ」
それからの二人の行動は俊敏だった。
ガムランボールの音が大きくなる場所の地面を観察し、さらに倉庫からスコップなどを取り出し倉庫付近をくまなく調査した。
そしてしばらくして、それを見つけたのはアキラだった。
倉庫の裏、生い茂る雑草をかき分けると三十センチ四方程度の平たい岩がポツンとそこにあった。
アキラはその岩に近づき、上から見下ろすとある事に気が付く。
岩に鋭利な刃物で彫ったような跡がついている。
そして、それは桜中央学園の校章と同じ、星と桜を組み合わせた模様をしていた。
「理事長!」
「これは……!」
白鷺が平たい岩をゆっくりとずらすと、下からぽっかりと口を開けた穴が出現した。
アキラと白鷺は顔を見合わせた後、その穴を見つめた。
「この穴って、きっと防空壕につながってますよね」
「ああ、そしてガムランボールが示したのはこの穴だろう」
アキラは人一人がようやく通れそうなその穴を覗き込む。
どうやら中には広い空間があるようだ。
携帯電話で照らすと穴のすぐ下からゆったりとした坂になっており、奥へと続いている。
いかにも『出そう』な雰囲気のある光景に、アキラはごくりと喉を鳴らし、指輪を握りこみながら白鷺に問う。
「……入ります?」
「まあ待ちなさい。いきなり入ると危険だ。今日はここで終わりにしよう」
「いいんですか?」
白鷺のことだからてっきり「すぐに入ろう!」と言い出すと思っていたアキラは首を傾げた。
「君が怪我をするといけないからね」
そう言ってぱちんと音がしそうな程大げさにウインクをする白鷺に、アキラは気のない相槌を打つ。
「はあ」
「少し準備が必要だ。また明日、理事室で待っているよ」
「はい」
「しかし、君のおかげで手がかりに近づけたようだ。感謝するよ……ありがとう」
「気が早いですよ、理事長」
これからが本番なのだ。アキラは闇の淵を沿うようにあいた穴を、岩で塞ぎながら思った。
――この穴が本当に呪いを解く手がかりなのか分からない。でも、何もしないより遥かにいい。
アキラは心の中で静かに身を奮い立たせたが、足元からバッタが飛び出した瞬間その決意は崩れた。
「ぎゃー! 虫! 虫!」
「アキラ君……穴の中には多分もっと虫がいるよ」
「嫌! 無理です理事長一人で行って!」
「幽霊と虫どっちが怖いのかね!?」
「虫です!!」
「嘘!?」
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