桜中央学園③
校舎の中に入ると音は鳴らない、しかし校門まで行っても音は鳴らなくなる。
どうやらこのグッズはかなり限定的な範囲で音が鳴る仕組みのようだ。
アキラは音の鳴る範囲をぐるぐると回り、あることに気が付いた。
音が大きくなったり小さくなったりしている。
金属の奏でるその美しい音色は、アキラが最初に聞いた校舎入り口から少し離れた倉庫の辺りで大きく鳴る。
片手でボールを放る動作にも慣れたアキラはそのまま倉庫に向かった。
――いきなり幽霊に出会ったりしないわよね。
アキラは音色が導く先に不安を感じたが、校内にはまだ部活動をする生徒がたくさん残っているのを思い出し、
いざとなったら大声を出して助けてもらおうと心に決めた。
シャラン……パシッ
シャラン……パシッ
シャラン……パシッ
シャリ――――ン!
「あっ」
一定の音を鳴らすガムランボールをリズムよく投げていたアキラは、急な音色の変化にボールを受け止め損ねた。
地に落ちコロコロと転がっていくそれを慌てて追いかけると、倉庫の裏にたどり着く。
そこにはアキラの見知った人影があった。
「本野さん?」
「え、
毛先が無造作に跳ねた黒髪と、四角い黒縁の眼鏡が印象的な若い男性。
アキラのクラス担任の星野が倉庫裏の壁に身を凭れさせるように立っていた。
自身が担任する生徒の急な登場に驚いたのか、手に持っていたものをポトリと落とす。
「本野さん、何故ここに」
「先生こそこんなところで……ひょっとして煙草ですか」
「あ、ああ。このことは内緒にしてくれるかな。校内禁煙なんだ……」
どうやらここで隠れて一服していたらしい。
悪行を教師に見つかった生徒のように、星野は身を縮ませ落とした煙草を拾う。
「本野さんはもしかして迷子?」
「いえ、ちょっと――その鈴が転がってしまって」
「これ?」
星野の足元にまで転がっていたガムランボールは、拾い上げられると微かに鳴った。
「さっきから聞こえていたのはこの音か」
「すみません。うるさかったですよね」
「そんなことはないよ。はい」
そう言って星野はアキラにガムランボールを差し出す。アキラはそれを受取ろうと星野に近づいた。
ふわり、と星野から漂う香りにアキラは一瞬動きを止めた。
――――花の香り?
再び鼻で息を吸ってみるが、何も感じない。その後すぐにアキラは自分の行動を恥ずかしがるように地面を見た。
「どうした?」
「い、いえ。ありがとうございました、失礼します!」
匂いをかいでましたとも言えず、アキラはガムランボールを受け取りその場を去る。
何をしているのよ私――。
いくらいい香りがしたからといって、男性の匂いを意識的に嗅いでしまったことがアキラに羞恥を抱かせた。
アキラはガムランボールの音色のこともすっかり忘れ、赤くなる頬を押さえながら走って校門を抜ける。
駆けていくアキラの後姿を見つめながら、星野は再び『煙草』を咥えた――。
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