桜中央学園②

「見てくれアキラ君」


「なんですかこれは」


「ガムランボール! バリ島に伝わる魔除けグッズさ。身に着けていると願い事が叶うとも言われている」


「はあ」


「さらにその美しい音色はリラックス効果もあり……」


「鳴りませんけど」


 ガクリと肩を落とす白鷺を横目に、アキラは親指の爪程の大きさの銀色の鈴……ガムランボールを左右に振る。


――今日も何も進展はなさそうだな……。


 アキラはこの十日、授業が終わると理事室に足を運び理事長である白鷺に一日の報告をしていた。


「今日はどうだったかね?」


「特に何も」


 毎回それの繰り返しだったが、今日は部屋に入るなりわくわくした様子で出迎えられたので、アキラはてっきり何か呪いを解く手がかりが見つかったのか若干期待を寄せたのだが。


――鳴らない鈴を渡されても……。


 白鷺の魔除けグッズコレクションはピンキリだ。ガラクタだらけかと思いきや、アキラの付ける魔除けの指輪のようなホンモノが時々混ざっている。


 今回はガラクタの方だったらしい。


「これを手に入れるのに苦労したんだ、アキラ君もちょっと願ってみてよ」


「理事長は何を願ったんですか」


「この学園の呪いが解けますように」


 その直球な願いを受け止めるには頼りないように見える物体に向かって、アキラは呟いた。


「この学園の呪いが解けますように。それが駄目なら呪いを解く手掛かりが見つかりますように」


「おお、いいね」


「これでいいですか……」


 アキラの言った言葉は本心だった。呪いを解く手がかりすら見つからないこの状況では、次に幽霊の封印が解かれる儀式に間に合いそうもない。


 何か行動を起こさないといけないのだ。例えそれがガラクタに願いを呟くことでも。


「この鈴はどうすれば?」


「鈴ではなくガムランボール! 君が持っていてくれ」


「はあ……」


 押し付けるようにアキラにガムランボールを握らせる白鷺。その出で立ちは日に日に奇妙になっていく。


 首から目玉状の石を下げているのは今に始まったことではないが、手には何重にも数珠を重ね、上等そうに見える上着の裾には、小さく楔文字のような形がデザインされている。

 

アキラはその盛り過ぎている魔除けスタイルに呆れる反面、いつか自分もああなってしまうのではないかという不安を抱えていた。


 どこに幽霊がいるか分からないこの状況で、魔除けに頼りたくなる気持ちはアキラにも痛いほどよく分かるのだ。




 理事室から出ると西日がアキラの横顔に射す。空を覆っていた雲は大方晴れ、夕焼けが広がっていた。

 旧館と呼ばれるこの校舎は校庭に面しており、部活動に勤しむ生徒たちが良く見えた。

 

 アキラはその様子を眺めながら、帰路につく。


 握りこんだままのガムランボールを、軽く空中に投げて受け止める。また、投げて受け止める。

 

 アキラはぼんやりとしながらその動作を繰り返し、ゆっくりと廊下を歩む。


 異変が起きたのはアキラが校舎の外に出ようとした時だった。


シャラン……


「え?」


 掌の小さな物体が弱く振動し、小さな音を鳴らした。

 アキラは瞠目し、もう一度それを宙に投げる。


シャラン……


「な、鳴った! 何で急に」


 耳元で左右に激しく揺らしてみるがそうすると上手く音が出ないようで、アキラは先程のように投げて受け止めるのが一番良く音が聞こえることに気が付いた。


「この学園の呪いが解けますように。それが駄目なら呪いを解く手掛かりが見つかりますように」


 もしもこのガムランボールが、ホンモノだったら、急に音が鳴りだしたこの意味は。

 アキラは理事室に戻るべく急いで踵を返した。

 

 しかしアキラの手の中で弱く振動していたそれは、教室一部屋分も進まないうちにピタリと止んでしまう。


「あれ」


 試に宙に投げても先程のような音色は聞こえなかった。


「驚かせないでよもう……」


 きっと鳴ったり鳴らなかったりするガラクタだったのだとアキラは落胆した。

 白鷺の言葉を丸ごと信じたわけではなかったが、現にホンモノの魔除けの指輪が存在していたために、もしかしたらという考えがアキラにはあったのだ。

 

 大人しく来た道を戻るアキラ。ガムランボールはスカートのポケットに入れた。


――傍から見たら、何をしてるのか不審に思われそうだ。


 再び校舎の外に向かうアキラは、電車の時間を確認しようと携帯電話を取り出す。

 その時じりっと太腿に響く振動を感じ、アキラはスカートの上からその箇所を手で押さえる。

 伝わってくる硬い感触はやはり震えている。


 慌ててポケットに手を突っ込みそれを取り出し、アキラは恐る恐る上に放り投げる。


シャラン


「――どういうこと?」


 まるでアキラが校舎の外に出るのを待っていたかのように鳴りはじめるそれ。

 もちろんガラクタかもしれないという説は捨てていないアキラだが、僅かに残る可能性にかけ、ガムランボールを鳴らしながら周囲を見て回ることにした。


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