第二章
桜中央学園①
雲の隙間から光の筋が走り、しばらくするとまた隠れる。
アキラは所々どんよりとした雲が覆う、晴れきらない空を眺めた。
強い風は桜の花を乗せながら窓を叩き、まるで今年の花が終わることを告げるようだ。
午後の授業は生ぬるい空気を孕み穏やかに過ぎていった。
転校から十日経ち、アキラはようやく望んでいた平穏につま先を引っかけたくらいには落ち着きを取り戻していた。
アキラはこの学園の幽霊に呪われている。
その事実を突き付けられたときは明るい学校生活を諦めかけた。
今でもあの頭の割れるような痛みを思い出すと気分が悪くなってくる。
それでもアキラが少しの安らぎを取り戻せたのは、この呪いが学園内に居る時だけしか効かないということと、
絶大な効果を発揮している魔除けの指輪のおかげだ。
転校後の数日、アキラは幽霊が自分の背後に居るのではないかとビクビクしていたが、それらしき気配も感じず、巷で聞くような怪現象も起こらなかった。
初日に聞いたノイズのような声も、あれから聞こえることはない。
全てが指輪のおかげかは分からなかったが、アキラは毎日校内に入るとき指輪に自分を守ってもらうよう強く祈ることにした。
それと、もうひとつ。
ちらりとアキラは前の席に座る背中を盗み見る。
西條トーマ。あの日倒れたアキラを保健室まで運び込み、その後も何かと気にかけてくれる。
トーマが同じクラスに居ることが分かると、アキラは心底安心した。
誰にでも友好的なトーマのおかげで、アキラが一から作り上げなければならなかったクラスでの人間関係はするすると構築された。
転校に伴う不安が一つでも減るのは今のアキラにとって重要なことだった。
何故ならばそれ以上にどうしようもないものを背負ってしまったからである。
幽霊を封じて、呪いを解く。
理事長の白鷺に片棒を担がされた形とはいえ、アキラはその仕事を承諾してしまった。
これから起こるであろう四つの儀式を止めるため、アキラは今日も理事室に呼び出されている。
『ニュース見たわよ。あんたの学校大丈夫なの?』
転校初日の夜、電話越しに母親と交わした言葉を思い出す。
アキラは「大丈夫」としか言わなかったが、実際は変な男に絡まれ幽霊に呪われ倒れ散々な目に遭っていた。
一人都会で働く母に心配をかけたくなかったのだ。
アキラは共に暮らす祖母にも何もなかったふりをしている。
そうしてアキラは自身の置かれた状況を誰にも言えず、一人で抱え込む形になっていた。
誰か、もう一人でも、一緒に立ち向かってくれる仲間がほしい。
全ての事情を知る白鷺が居るとはいえ、学園では理事長と生徒の関係。
加えてその存在はアキラの悩みの原因の一つでもある。
――理事長はちょっと変わっているからなあ。
もっと身近に相談できる相手がほしい。
アキラは叶わないと分かっていながら願わずにはいられなかった。
「アキラちゃん、ゴミだし当番。一緒に行こう?」
「ナギサ」
隣の席の
色白で切れ長の瞳を持つナギサは、微笑むと目尻が垂れるのが可愛らしかった。
良く似合うロングスカートを軽く押さえながら、ナギサは教室のゴミを手際よくまとめていく。
ナギサと仲良くなれたことはアキラにとって幸運だった。
よくある女子同士の馴れ合いやグループのようなものに興味がないさっぱりとした性格、その点で二人は似た者同士だ。
ナギサと一緒に居ると幽霊や呪いのことを忘れて普通の学校生活に戻れる。アキラは心の中でほろりと涙を流した。
「今日授業中トーマのこと見てたでしょう」
「えっ」
「気になるの?」
「そういう訳ではなくて……クラスに馴染めたのはトーマくんのおかげだから、感謝してるだけだよ」
ゴミ捨て場からの帰り道、ナギサが調子良くからかうのにアキラは真面目に答える。
「本当かなー? あ、噂をすれば」
ナギサの視線の先を辿ると、帰り支度を済ませたトーマの姿があった。
「よう」
「あ、お疲れ様トーマくん」
「本野、体調は? もう平気なのか」
「うん、もう大丈夫。迷惑かけて本当にごめんね」
「いや、いいんだけどよ……ってなんだよ和屋」
「べつにー? トーマばっかりいい恰好してずるいなぁと思って」
「何だそれ」
ナギサは笑いながら二人の周りをくるり回るとすると、「そうだ」と言いアキラの横に寄る。
「これから三人で駅前行かない? 私ヘップバーガーの無料券あるんだ」
「俺はいいけど……」
「あ、私……ごめんなさい。今日この後理事長に呼ばれてて」
「えーまた?」
「ごめんね、また今度」
今日は二人で行ってきて、とアキラは理事室へと向かった。
「二人で行ってきて、だって。なーんだトーマあんた脈なしじゃない」
「だからそういうのはいいって言ってるだろ……」
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