転校生⑥

 ――私は……転校初日から幽霊に呪われてしまったのだ。


 体に感じる重圧と酷い頭痛を思い出し、アキラの頬に冷や汗が伝う。焦点の合わない瞳で自分の肩を抱くアキラに、白鷲は苦しそうな表情で語りかける。


「辛い思いをさせてすまない。実をいうと、君が来るまで私も半信半疑だった。しかし君が校門で倒れたと聞いて確信したよ。祖父から伝えられた呪いの話は本当で、間違いなく儀式が行われ霊が復活したんだ――」


「その幽霊は今どこに……」


「分からない、この地に遺恨があるということは学園内に居ることは間違いないんだが」


「じゃあ、最悪、今ここに居るかもしれないってことですよね? む、無理ですよ」


「その魔除けの指輪をしていれば霊の影響は受けずに済むが……」


「幽霊がいて、しかも呪われているなんて嫌です!」アキラは手で顔を覆い俯いた。


「君がどうしたいか教えてほしい」


 白鷺はアキラの前に右の手を差し出し、そのまま指を突き出した。


「一つ目……残念だがこの学園から去り、別の学校に通う」


「そんな……」


 まだ授業すら受けていない転校生のアキラに更に転校しろというのだろうか。

 いや、幽霊が居る学校に無理に通って呪われるよりはまだましなのかもしれない。


 しかし、アキラにはその選択肢を簡単に選ぶことができなかった。


 アキラのために一人働いてくれる母、同居を心から喜び近くで見守ってくれる祖母。

 また転校したいと言ったら二人はどう思うだろうか。

 心配をかけたくない、迷惑をかけたくない。アキラの心からの願いだった。


「あんな事件の後だから、親御さんも分かってくれると思うが」


「……すぐに転校はしたくないです」


 俯いたままのアキラがぽつりと言った。白鷺は一拍置いて左の手を差し出した。


「なら、二つ目……霊を封じて呪いを解く」


「えっ」


「呪いを解くんだ」


 簡単に紡がれたその言葉にアキラはばっと顔を上げる。


「どうやって?」


「霊をまた封じるんだ」


「ど、どうやって?」


「それは―――」


 分からん。腕を組み開き直るように言う白鷺に、アキラの上半身は勢いよくテーブルに沈んだ。


「私としては君にはこの学園に残ってもらって、一緒に呪いを解く方法を探してほしいと思っている。このままでは校外の関係者にも影響が出て学園の運営に関わる」


「そういわれても……私オカルトなんて分かりません」


「私も祖父の影響で魔除けグッズには詳しい自信はあるが、その他はさっぱりだ。それに、この件に関しては君は私より適任だと思う」


「何故ですか」


「祖父曰く、この学園には『転校生』にしか見えない何かがあるらしい」


「何か? 幽霊ではない何かってことですか」


「そう、初めの『転校生』に見えていたもの……もしかしたら君にも見えるかもしれない!」


 無茶苦茶だ。

 アキラは急に勢いづき肩を揺さぶってくる白鷺に圧される形でいつの間にかがくがくと頷いていた。


「きっとそれが霊たちを封じるヒントになるはずだ!」


「分かりましたから離してください」


「よし、これからよろしく頼むよ。私のコレクションが必要になったら何でも使ってくれ」


「はあ」


 未だテーブルの上に散らばるコレクションはほとんどガラクタにしか見えないが、魔除けの指輪のように呪いに対して効力がある物も混ざっているのかもしれない。


 呪いを解く、霊を封じる方法などアキラには全く見当もつかなかったし、『転校生』に見えたという何かがアキラにも見えるとは到底思えなかった。


 これだけは無くさないようにしないと。


 アキラは銀色に光る指輪を親指ごと握りしめる。


「ちなみに霊は全部で五体。その封印は一つが解かれると連鎖的に解かれていくからね」


「はい!?」


「『クモ』の封印が解かれた今、残りの四体の封印も自動的に解かれる。つまり、あと四人の生贄が犠牲になる前に霊を封じなければならない」


「そんなの聞いてません!」


「言わなかったかな? いやあ、説明することが多すぎて。何にせよこれ以上犠牲を増やすわけにはいかない」


「……っ」


 重大な情報をさらりと付け加えた白鷺に抗議の声を上げるアキラだったが、生贄という言葉に喉を詰まらせる。


「分かるね?」


「……はい」


 理事長という立場から、白鷺は重大な責任を負っている。

 今回の事件が報道され世間の注目を集めているということは、もちろん学園に不信感を抱く者は多いだろう。

 近隣住民、生徒の保護者。彼らの強烈な追求に白鷺は晒されているのだ。

 これ以上の犠牲を出すということは許されない。穏やかな瞳の中には強い意志が見えた。


 ――この人は最初から自分を逃がさないつもりだったのかもしれない。


 この学園から去るという選択肢を提案してきたが、そうさせるつもりは毛頭なかったに違いない。様々な魔除けグッズを集めているのもこの学園のため。


 それでも封印が解けてしまった今、藁にもすがる思いで『転校生』であるアキラに望みをかけたのかもしれない。

 

 アキラは一本道に誘導される小さな子供になったような気持ちで宙を見た。


 これからの学園生活をいかに普通に見えるように過ごすか、霊を封印する方法をどうやって見つけるか。


 一気に圧し掛かる課題に、やっぱり転校した方がよかったかもしれないと早速後悔するアキラだった。


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